一般市民と科学者を対象とした、ヒト胚を14日以上培養する研究に関する意識調査の結果をまとめた論文がStem Cell Reports誌(オンライン版)で公開されました。
Hideki Yui, Kaori Muto, Yoshimi Yashiro, Saori Watanabe, Yukitaka Kiya, Kumiko Fujisawa, Kana Harada, Yusuke Inoue, Zentaro Yamagata.
Survey of Japanese researchers and the public regarding the culture of human embryos in vitro beyond 14 days
Stem Cell Reports, 23 March 2023(オンライン早期公開、オープンアクセス)
国際幹細胞学会(ISSCR: International Society for Stem Cell Research)は2021年に新たなガイドラインを発表し、ヒト胚の14日を超える期間の培養の容認に含みを持たせました。同学会の従来のガイドラインではヒト胚の14日を超える期間の培養は明確に禁止されていましたが(いわゆる「14日ルール」)、2021年のガイドラインでは禁止カテゴリーから除外されました。ISSCRガイドライン改訂にともなって、14日を超えるヒト胚の体外培養に関する議論が各国で徐々に始められつつあります。
私たちの研究グループは、日本の一般市民3000人と、幹細胞や胚関連の研究を行っている科学者535人に対してwebアンケートを実施し、14日を超える期間ヒト胚を培養する研究について、日本のルールでどう取り扱うべきか意見を訊ねました。
結果、一般市民の37.9%、科学者の46.2%がヒト胚の14日を超える期間の培養を日本のルールで「容認すべき」と答えました。その一方、一般市民の19.2%、科学者の24.5%が「禁止すべき」と回答しています。加えて、一般市民の42.9%、科学者の29.3%が「判断ができない」と回答しました。また、一般市民では設問内容の理解度が高いほど、「判断ができない」と比較し、日本のルールで「容認すべき」、あるいは、「禁止すべき」という回答が増える傾向にありました。一般市民は全体で見ると「判断ができない」と回答する割合が多いのが特徴ですが、一方で理解度を高めれば容認・禁止の価値判断ができる場合が増える事が結果から示唆されます。
14日ルールの議論は端緒についたばかりですが、意識調査の結果からは、今後様々な立場の人々の意見を適切に把握しつつ情報提供とコミュニュケーションを積み重ねていく必要性が示唆されます。その際、14日を超える期間の体外培養が人々に許容されるとしたら、次の培養可能期間の線引きをどこにするのか、また、質の高い国民的議論のために市民にどのような情報提供が必要なのか、などの点も合わせて検討していくことが大切だと考えています。
■詳しくは以下のプレスリリースもご覧ください。
ヒト胚を14日以上培養する研究についての意識調査
国を跨いだ政策調整がすすむ「個人情報」保護とは対照的に、人の細胞・試料の流通については、各国間で多様なルールが存在しています。多くの先進国では90年代前後に、人の細胞・試料をめぐる立法の再編が進みましたが、日本では議論自体が中断して今日に至っています。
我々の検討によれば、日本では、人の細胞・組織の「提供」に関する国の政策文書が約30に分かれて存在してきました。現行のものでも、古い規定は実に1940年代に遡るなど、研究の展開に対応する形で更新されていない面があります。
とりわけ注目されるのは、細胞・組織の「無償原則」をめぐる混乱です。研究活動への提供やその後の流通における対価の設定のあり方をめぐって、分野ごとに「無償」の採否やその内容が検討された結果、言葉の定義が異なっていたり、根拠が明確でない形で制約が設けられてきたりしました。国内では人サンプルをめぐる規範が定まらない中、海外からは胎児試料を含む多種多様な人体由来試料を安価に購入できる状況があるなど、いわゆる二重基準が生じています。
再生医療の展開やバイオバンク、ヒト全ゲノム解析の進行など、人試料の領域を超えた活用はますます重要なものとなっていますが、その一方、提供や流通をめぐる決定や手続の多くが不透明であったり、場当たり的に展開したりしている現状の不安定さが示唆されます。研究開発と市民・社会とが目標を共有し、一方で、情報不足や思い込みで保たれている短期的な「平穏」に安住しないよう、そして倫理指針が真に「倫理」をめぐる指針となるよう、議論を再開するべきではないでしょうか。
Inoue Y., Masui T., Harada K., Hong H., Kokado M. Restrictions on monetary payments for human biological substances in Japan: The mu-shou principle and its ethical implications for stem cell research. Regen. Ther. 2023. In press.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320423000147
※フリーアクセスですので、PDF版も含め、無料でご覧いただけます。
写真1は研究用試料のイメージ(フリー素材)。写真2は関連する日本国内のルール(一部)。詳細は論文を参照ください。
3月の公共政策セミナーは以下のように行われました。
◆日時: 2023年3月8日(水)13:30~16:00ごろ
(1報告につき、報告30min+指定発言5min+
◆場所: 東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター3階
公共政策研究分野 セミナー室/Zoom併用開催
◆Web参加方法: 学内の方は、共有カレンダーのURLからご参加下さい。
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〈報告概要(敬称略・順不同)〉
◆報告1
報告者:河田 純一(公共政策研究分野 学術専門職員)
タイトル:
要旨:AYA世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、主に、
⇨指定発言:佐藤 桃子(大学院学際情報学府文化・人間情報学コース 博士後期課程)
◆報告2
報告者:鈴木 将平(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 臨床研究センター 特任研究員)
タイトル:常染色体潜性(劣性)遺伝病の〈保因者検査〉
要旨:常染色体潜性(劣性)遺伝病(Autosomal Recessive Disease: ARD)は、
⇨指定発言:李 怡然(公共政策研究分野 助教)
「研究倫理を語る会」は、医学系研究を支える様々なステークホルダー(研究機関の長・研究者・医療者・研究支援者・研究倫理支援者・CRC・倫理審査委員会委員・倫理審査委員会事務局員・患者・企業等)が一堂に会し、多方面からの討論ができる時間をつくること、そして、臨床研究支援・研究倫理支援に携わる方々の情報共有・意見交換の場を設けることを目的とし、2015年にスタートしました。
このたび、東京医科歯科大学を世話人として第8回の大会が3月4日(土)に開催されることになりました。
なお、当日は、無料の市民公開講座「ゲノムのある診察室を目指して データ利活用とゲノム医療」も開催します。ふるってご参加ください。
プログラムとお申し込み先へのリンクは、こちらです。
参加申し込みの締め切りは、2月27日です。
次回の「みんなのラジオPPI」のご案内です。
いつもと同じく、気楽に聞いていただくため、zoomだけど音声メインでお届けいたします。
申込を完了した方限定で事後配信もするため、
当日ご都合が合わない方のお申込みも、お待ちしています。
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次回は、
・前半では、東大医科研で取り組んできたPPI関連の活動報告、
・後半では、国立がん研究センター東病院でやろうとしているPPI
について取り上げます。
◆「PPIに関するルール作りのこれから」(仮)
東京大学医科学研究所公共政策研究分野 武藤香織
千葉大学国際教養学部 東島 仁
◆「国立がん研究センター東病院でのPPI~デジタルテクノロジーの活用に向けて」(仮)
(ゲスト)国立がん研究センター東病院 副院長 吉野孝之さん、医薬品開発推進部 小村 悠さん
詳細・申込については、以下のURLをご参照ください。
皆様のご参加、お待ちしております!
(申込〆切:3/20(月) 0:00)
2月の公共政策セミナーは以下の通りでした。
日時: 2022年2月8日(水)13:30~16:00ごろ
◆場所: 東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター3階
公共政策研究分野 セミナー室/Zoom併用開催
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〈報告概要(敬称略・順不同)〉
◆報告1
報告者:飯田 寛(新領域創成科学研究科博士課程)
タイトル:遺伝情報に基づく差別禁止とは何か-生命保険と労働分
要旨:ヒトゲノム解析計画によって遺伝情報が明らかになることで
特任研究員の木矢です。「保健医療社会学論集」に遺伝学的リスクの告知・非告知に関する論文が掲載されました。
木矢幸孝
「告知しうる側」はどのような配慮を行っているのか?―遺伝学的リスクに関する告知と非告知の共通項に着目して
『保健医療社会学論集』第33巻2号, 2023
遺伝医療の進展によって遺伝性疾患の原因遺伝子が特定され、人々は自己の疾患が遺伝性疾患であることを知るようになってきました。遺伝情報は生涯変化せず、親子(血縁者)間で一部を共有しているため、遺伝性の病いに罹患した人々は遺伝学的リスクの告知の問題に直面します。本論文では、遺伝学的リスクに関する告知と非告知の共通項に着目しつつ、告知しうる側における配慮のあり方を検討しました。
その結果、告知・非告知にかかわらず、両者は「子の利益」の考慮という点で配慮のあり方は同一であることを提示しました。同時に、帰結の差異について、一方は子の「自律性の尊重」を重視し、他方は子の「危害の回避」を重視していることを示しました。最後に、両者は配慮の不確実性の中で「子の他者性」が意識されることを指摘しました。
今後は、告知の受容のあり方を含めた「告知後」に関する検討が必要だと考えています。
バイオバンクとは、患者さんなどからご提供いただいた生体試料やカルテの情報などを使って研究するための基盤です。
この度、バイオバンク・ジャパン(BBJ)では、BBJの活動やバイオバンクを皆さまに広くご理解いただくことを目的として、患者さんや市民の方を対象に、バイオバンク見学会を開催いたします。
約27万人の患者さんからご提供いただいた試料を保管しているバイオバンクを見学していただき、BBJの運営や活動などについて、一緒に考えていただける方を募集します。
日時:2023年2月16日(木)14~16時
会場:東京大学医科学研究所
(東京都港区白金台4-6-1)
プログラム:バイオバンク・ジャパンの概要紹介
バイオバンク見学(DNA倉庫・血清倉庫・組織倉庫)
質疑応答&意見交換
お申し込みは、BBJウェブサイトから (BBJウェブサイトに移動します)
申し込み締切:2月9日(木)
なお、車椅子をご利用の場合、施設の構造上、見学ができない場合がございますので、事前に下記の問い合わせ先までご連絡ください。
見学会に関するお問い合わせは、bbjtour_info[at]biobankjp.net にお願いいたします。
※上記のメールアドレスの[at]を@に置き換えてください
次回の「みんなのラジオPPI」のご案内です。
いつもと同じく、気楽に聞いていただくため、zoomだけど音声メインでお届けいたします。
今年度第2回目は、
・前半は利益相反(前回の続編)を、
・後半は希少難治性疾患領域におけるPPIを
扱います。
みなさまからの質疑応答もお待ちしております。
プログラム:
◆「PPIと利益相反について考える・その2」
(ゲスト)国立がん研究センター 中田はる佳さん
◆「患者と研究者、医療者が共に医学研究をすすめるプロジェクト RUDY JAPANの取り組みから」
(ゲスト)大阪大学大学院医学系研究科 加藤和人さん、古結敦士さん
詳細・申込については、以下のURLをご参照ください。
申込を完了した方限定で事後配信もするため、当日ご都合が合わない方のお申込みも、お待ちしています。
皆様のご参加、お待ちしております!
(申込〆切:2/13(月) 0:00)
2023年1月の公共政策セミナーは以下のように行われました。
◆日時: 2023年1月11日(水)13:30~16:00ごろ
◆場所: 東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター3階
公共政策研究分野 セミナー室/Zoom併用開催
****************
〈報告概要(敬称略・順不同)〉
◆報告1
報告者:渡部 沙織(公共政策研究分野 特任研究員)
タイトル:幹細胞研究における患者・市民参画とベネフィット・
◆報告2
報告者:松山 涼子(大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 修士課程)
タイトル:バイオバンクと提供者の関係性における文献調査
要旨:未定
⇨指定発言:原田 香菜(公共政策研究分野 特任研究員)
この度、公共政策研究分野のウェブサイトをリニューアルしました。
ホーム場面に表示されるメインビジュアルは、(株)スペースタイムの楢木佑佳様にお願いしました。
公共政策研究分野の研究に関わるたくさんのモチーフと、社会のさまざまな人々を、ひとつの線でつなぐイメージで描いていただいた素敵なイラストです。つないだ線をよく見ると「elsi」とも読めるようにもなっています。
現在も公共政策研究分野のウェブサイト等で使っている四つ葉のロゴマークは、研究室設立当初、まだ北海道大学に在学中だった楢木様にデザインしていただいたものなのですが、十数年を経て再び縁がつながったことをとても有難く嬉しく感じています。
お知らせページからはSNSへのシェアもしやすくなりました。
なお、Peatixページでは、イベント情報もお知らせしています。
これからも地道に情報を発信していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。
「ゲノム」、みんなが持っていて、みんなに関係すること。
大事な情報をどう扱うかみんなで考えるためのイベントです。
わたしたちのグループ(※1)では、患者・市民が参画した形(※2)で、ゲノムに関係するコトやモノをどう扱っていくか、みんなで考えるプロジェクトを推進しています。
このオンラインイベントでは、わたしたちがどんなことをやろうとしているのかを知っていただき、ゲノムをめぐって一人ひとりが参画する医療と研究のこれからを考えます。
また、この活動に協力して下さる患者・市民委員の募集についても説明します。どうぞお気軽にご参加下さい!
【日時】2023年1月17日(火)19時~20時15分(予定)
【開催方式】オンライン会議システムzoom予定
【詳細・申込み方法】詳しくは、こちら(Peatixサイトへ遷移します)をご確認のうえ、1月17日(火)正午までにお申し込み下さい。
※1 わたしたちのグループ
日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム「ゲノム医療・研究推進社会に向けた試料・情報の利活用とPPI推進に関する研究開発」(研究開発代表者:吉田雅幸)の研究班です。研究班では、患者・市民参画(PPI:下の※2ご参照)のもとで試料・情報の利活用を推進するためのコミュニケーションと実施体制の基盤を構築し、これが事業終了後(2025年3月予定)にも継続できるような体制作りを目標としています。
※2 患者・市民参画
患者・市民がそれぞれの立場で参画して、研究や医療をともに創っていくことです。英語ではPatient and Public Involvement/Engagementというので、PPIやPEという略語もよく使われます。
この冬も開催します、「みんなのラジオPPI」!
気楽に聞いていただくため、zoomだけど音声メインでお届けしております。
今回は、国内のPPIをめぐる近況として、
・「PPI研究会」に共催として参画している研究事業の取り組み
・昨今の製薬企業における取り組み
をご紹介します。
みなさまからの質疑応答もお待ちしております。
プログラム:
◆「PPIと利益相反について考える」(仮)
東京大学医科学研究所 公共政策研究分野 武藤香織ほか
◆「製薬協のPPIの取り組みから」(仮)
(ゲスト)日本製薬工業協会 患者団体連携推進委員会 三澤賢治さん、吉田満美子さん
詳細・申込については、以下のURLをご参照ください。
http://ptix.at/bDpBFP
申込を完了した方限定で事後配信もするため、当日ご都合が合わない方のお申込みも、お待ちしています。
皆様のご参加、お待ちしております(申込〆切:1/20(金)0:00)。
助教の李です。全ゲノム解析研究に関するがん患者・がん患者の家族・市民の期待や懸念を明らかにした論文が公開されました。
Izen Ri, Junich Kawata, Akiko Nagai, Kaori Muto
Expectations, concerns, and attitudes regarding whole-genome sequencing studies: a survey of cancer patients, families, and the public in Japan
Journal of Human Genetics, 12 December 2022(オンライン早期公開、オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s10038-022-01100-6
診断が困難な疾患の診断方法や新規治療法の開発を目指して、全ゲノム解析を行う研究が国際的に進められています。その対象となりうるがん患者やがん患者の家族の期待や懸念は、これまで日本で明らかにされていませんでした。
そこで、2021年3月にウェブ質問紙調査を実施し、がん患者1204名、がん患者の家族5958名、市民2915名の計10,077名から回答を得ました。
結果として、がん患者の全ゲノム解析研究に関する認知度は高くないものの、病気の診断や治療に有益であると期待をもっていました。他方で、がん患者とがん患者の家族は遺伝情報の保護に懸念を抱き、また、とくに家族は解析結果を知ることによる不安、遺伝性疾患がわかった場合に不利な取扱いを受ける可能性を心配していました。
国は現在、がんと難病の患者を対象に10万人規模の「全ゲノム解析等実行計画」を推進しています。全ゲノム解析では多様な疾患領域の結果が明らかになる可能性があり、長きにわかってフォローが必要となります。これに対応した研究参加者の相談・意思決定支援の体制や、遺伝的特徴・遺伝情報に基づく差別を防止する体制の整備が不可欠といえます。
この調査では20-30代の回答者数が限られており、また、調査時点からは少しずつ周知や啓発が進みつつあります。今後は、特に全ゲノム解析の成果が期待される希少難治性がんや、小児・AYA(Adolescent and Young Adult)世代のがん患者と家族の期待や懸念を継続的に把握し、意見を反映させる取組みが大切だと考えます。
■くわしくは以下のプレスリリースもご覧ください。
12月の公共政策セミナーは以下のように行われました。
日時:2022年12月14日(水)
〈報告概要(敬称略・順不同)〉
報告1
報告者: | 木矢 幸孝(公共政策研究分野 特任研究員) |
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タイトル: | 14日ルールの再検討:一般市民と不妊治療経験者へのFGI調査から |
要旨:
2021年、国際幹細胞学会(ISSCR)は「幹細胞研究・臨床応用に関するガイドライン」を改訂し、ヒト胚の受精後14日以降もしくは原始線条の形成以降の体外培養を禁止する、14日ルールを禁止項目から外した。ルールの再検討にあたっては一般市民や不妊治療経験者を含めた社会的な議論の必要性が指摘されるが(Hyun et al., 2021; McCully, 2021など)、本邦において上記の人々がヒト胚の14日を超える体外培養をどのように評価しているのか、そしてその理由は何であるのかは十分に明らかにされていない。
そこで、2022年9月~10月に一般市民と不妊治療経験者を対象にフォーカスグループインタビューを実施し、ヒト受精胚の体外培養の延長に関する評価とその理由を探った。本報告では分析中の調査の結果を共有し、調査から得られうる倫理的課題を報告する。
⇨指定発言:松山 涼子(大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 修士課程)
報告2
報告者: | 李 怡然(公共政策研究分野 助教) |
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タイトル: | 健康医療データの利活用における子どもの権利保護を考える |
要旨:
近年、未診断疾患の診断や治療法の開発、企業による創薬のために利活用できるよう、患者・市民の健康医療データを収集する大規模プロジェクトが国際的に進められている。このような医学研究では、プライバシー保護やデータの利活用ポリシー、解析結果の返却のあり方などが検討課題となるが、とりわけ子ども(小児・未成年者)が研究対象者になる場合は、成人一般と比べて追加的な保護も必要とされる。たとえば、子どもは親権者の代諾で研究に参加するため、成長後に意思確認を行うことなどが挙げられる。今日、ビッグデータやデジタルヘルスの活用も目指される中で、子どもの権利をどのように保護するかや、子どもの関与のあり方をあらためて問う時期にある。健康医療データの収集や利活用が進む時代において、子どもの権利保護をめぐってどのような論点が浮上しているかを紹介し、この問題を考える手がかりとしたい。
⇨指定発言:渡部 沙織(公共政策研究分野 特任研究員)
2022年11月の公共政策セミナーは以下のように行われました。
日時: | 2022年11月9日(水)13:30~16:00 |
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場所: | 東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター3階 公共政策研究分野 セミナー室/Zoom併用開催 |
〈報告概要(敬称略・順不同)〉
報告1
報告者: | 永井 亜貴子(公共政策研究分野 特任助教) |
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タイトル: | 遺伝情報の取り扱いに対する態度と法規制のニーズ(仮) |
要旨:
2019年のがん遺伝子パネル検査の保険適用など、近年、日本国内においてもゲノム医療が普及し始めている。諸外国では、個人の遺伝的な特徴に基づく不適切な取り扱いを法律で規制する国も多いが、日本ではそのような取り扱いを禁止する法律は存在しない。また、国内においては、社会における遺伝的な特徴に基づく差別の実態や、遺伝情報の利用に関する市民の懸念についての調査が少なく、その実態は明らかではない。そのような背景のもと、市民を対象として、2017年および2022年に、遺伝情報の利活用に関するインターネット調査を実施した。
本報告では、遺伝的な特徴に基づく不適切な取り扱いの経験や、遺伝情報の利用に関する懸念等の態度、遺伝情報の取り扱いに関する法規制のニーズについて、5年間の変化も含め報告する。
⇨指定発言:李 怡然(公共政策研究分野 助教)
報告2
報告者: | 井上 悠輔(公共政策研究分野 准教授) |
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タイトル: | データ研究の倫理と「グループハーム」の検討(仮) |
要旨:
米国の連邦規則45CFR36は、当国の議論のみならず、我が国を含む他国の研究倫理の規範形成において大きな影響を及ぼしてきた。この規則における、許容される研究のあり方をめぐる規定については以前から議論がある。特に、研究の事前審査において「研究から得られる知識の応用による長期的影響の可能性を,その責任の範囲内の研究上の危険の要素として,考慮に入れるべきではない。」(「研究に関する倫理承認の基準」)とされる点である。研究の事前審査の段階で、研究がもたらしうる影響をあまりに広げて検討すると、研究活動自体が大きな制約を受けかねないとの発想が背景にある。一方、この点は、研究結果の影響が参加者個人にとどまらない研究(例:コミュニティ対象研究)、最近では、機械学習を用いたデータ解析の文脈から、批判されている。報告者は、この議論は日本のデータ研究を取り巻く、いくつかのトピックにも通じる点があると考える。本発表は、「グループハーム」をめぐる議論を手がかりに、この問題を振り返り、今後の検討のための論点を整理したい。
⇨指定発言:木矢 幸孝(公共政策研究分野 特任研究員)
日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム再生医療の実現化支援課題「再生医療研究とその成果の応用に関する倫理的課題の解決支援(倫理課題)」(研究開発代表者:東京大学・武藤香織)の公開シンポジウムのご案内です。
当課題では、再生医療・細胞医療・遺伝子治療に関わる「倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues: ELSI)」の研究や支援を行っており、3年間の研究事業の成果を社会へ広くご報告するとともに、ヒト胚(受精卵)を用いた研究について、多様な立場の方を交えて議論する場として、公開シンポジウムを企画いたしました。
公開シンポジウム
「再生医療研究のELSI: ヒト胚研究利用と14日ルール」
日時: | 2022年11月22日(火) 14時~18時 |
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場所: | オンライン開催(Zoomウェビナー) |
詳細・お申し込みは、以下のURLをご参照ください。
ピーティックスURL:http://ptix.at/N9QIVe
※事後配信もございますので、当日のご参加が難しい方のお申し込みもお待ちしています。
ピーティックスからのお申し込みが難しい方は、リンク先の末尾にございます、お問い合わせ窓口に、メールでご連絡ください。
2022年10月12日、以下のように公共政策セミナーが行われました。
〈報告概要(敬称略・順不同)〉
報告1
報告者: | 武藤 香織(公共政策研究分野 教授) |
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タイトル: | 研究への患者・市民参画(PPI/E)の現状と課題 |
要旨:
近年、日本でも研究への患者・市民参画(PPI/E)の必要性に関する認識が広がり、実施報告に関する学会発表や論文も見かけるようになった。日本は、研究者の自主性を重んじ、モダリティ別・疾患別での研究費や政策での記述に基づくインセンティブに頼った普及となっているが、好事例の報告等を通じて、導入の抵抗感を下げる効果も出ているといえるだろう。一方で、そろそろ研究倫理指針などにおいて、PPI/E導入に関する倫理的な根拠や研究者等の責務を明確化することも考える必要がある。また、より具体的な実務のあり方(倫理審査での取扱い、公募手続き、守秘義務、利益相反管理、費用・謝金、論文等での記載事項、評価等)の議論も深める時期であろう。本報告では、AMED『患者・市民参画(PPI)ガイドブック』(2019)発行以降の国内での概況を踏まえ、これらの課題に対して検討中の内容を報告する。
⇨指定発言:永井 亜貴子(公共政策研究分野 特任助教)
9月14日13時半から公共政策セミナーが開催されました。
報告1
報告者: | 河合 香織(大学院学際情報学府文化・人間情報学コース 博士後期課程) |
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タイトル: | ゲノム医療時代における『遺伝学的責任(genetic responsibility)』の再考 |
要旨:
1970年代以降、遺伝子検査(GT)に関する議論を形成してきた道徳的概念が「遺伝的責任」(genetic responsibility,GR)で、LipkinとRowley(1974)によって作られた造語である。この概念に対するもう一つのアプローチは、社会学者であるニコラス・ローズらによって提唱され、GRが個人の生活スタイルに生政治的影響を反映していると理論化した(Lemke、2006;Rose、2007)。
本報告では、このような遺伝学的責任の議論を踏まえ、日本におけるゲノム医療時代における遺伝学的責任の射程について再考するという博士課程での研究計画について発表する。
⇨指定発言:渡部 沙織(公共政策研究分野 特任研究員)
報告2
報告者: | 北林 アキ(大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 博士後期課程) |
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タイトル: | 患者・市民の視点を医薬品の安全な使用のために活用する際の課題の検討 |
要旨:
医薬品には副作用等のリスクがあるため、製造販売後も引き続き副作用等の情報収集を行い、医薬品の安全かつ適正な使用のために活用することが重要である。
収集する情報源として、これまで主であった製薬企業や医療従事者からの情報に加え、患者から寄せられる情報の利点が注目され始め、医薬品の安全な使用のために当該情報を規制当局の意思決定に活用する取組みが世界的にも進んでいる。しかし、我が国でのこうした取組みは、他の先進国に比べて大きく後れている。
そこで、この打開策を検討するべく、本研究では、主として患者・市民からの情報収集の手段について、文献研究及び調査研究(アンケート調査)により国内外の現状を調査している。
本報告においては、これまでの検討を踏まえて今後実施予定の、患者・市民を対象とした調査計画(案)を共有したい。
⇨指定発言:武藤 香織(公共政策研究分野 教授)
特任研究員の木矢です。『保健医療社会学論集』に保因者の遺伝学的リスクの意味づけに関する以下の論文が掲載されました。
木矢幸孝
「遺伝学的リスクの意味づけに関する別様の理解可能性」
保健医療社会学論集,33(1): 56-65,2022年7月.
遺伝学的検査の出現は人々に自身の遺伝学的リスクと向き合うことを可能にしています。先行研究では、主として遺伝学的リスクを有する個人はそのリスクに対して罪悪感や責任感等を抱いていることを示してきましたが、遺伝学的リスクを「大きな問題」ではないと語る人々の経験は十分に分析されていませんでした。そこで遺伝学的リスクを「大きな問題」として捉えていない球脊髄性筋萎縮症(SBMA)保因者の語りをN. Luhmannの「リスク」概念と「危険」概念を用いて分析することで、遺伝学的リスクの意味づけに関して、これまでとは別様の理解を示すことを目的に検討をしました。
その結果、遺伝学的リスクを「大きな問題」ではないと語る人とそうでない人はリスクの意味内容が異なり、両者には保因者の役割や子どもに対する責任の所在において差異があることを示しました。同時に、両者は遺伝学的リスクの問題化の認識において、時間軸上にずれがあることを提示しました。
遺伝学的リスクの意味づけの仕方は個々人によって異なりますが、その意味づけの背景や理由まで含めて理解することが大切だと感じています。その一端を明らかにできたことが今回の拙稿の意義だと思います。
研究業績はresearchmapよりご確認ください。