【院生室より】仕事始め

2014/01/07

D2の中田はる佳です。あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨日から2014年の仕事が始まりました。今年は例年に比べて長めの冬休みとなり、それぞれよい充電ができたのではないでしょうか。院生室にもにぎやかさが戻ってきています。M2の皆さんは修論が大詰めです。私は、博論の執筆に向けてそろそろ本格的に分析等を始めなければと思っているところです。

2014年も「院生室より」をどうぞよろしくお願いいたします。

(D2・中田はる佳)

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本人の意思の確認が困難な試料の取扱いに関する事例調査(井上)

2014/01/02

Journal of Medical Ethics誌に下記の論文が掲載されました。

Tsujimura-Ito T, Inoue Y, Yoshida KI. Organ retention and communication of research use following medico-legal autopsy: a pilot survey of university forensic medicine departments in Japan, J Med Ethics, in press(doi:10.1136/medethics-2012-101151).

この調査は、当事者の意思を確認することが困難な試料、いわゆる“legacy samples”の取扱いをテーマにしています。我々は、日本全国の法医学関係教室を対象として、法的な要件に基づく遺体試料の二次利用について質問紙調査を行いました。調査には約6割(48施設)が回答に協力して下さいました。調査の結果、回答施設の約4割が、保管試料についての遺族からの問い合わせを経験していることがわかりました。研究者の発意に基づく研究利用について、約2割の施設が遺族への情報提供を進めている一方、約7割がこうした情報提供について消極的であったり、方針について結論に達していないと回答しました。今日、公衆衛生事業や医療の文脈で採取された試料の転用をめぐる判例が海外で再び注目されていますが、日本を舞台とした本調査は、本人の意思を確認できない「遺留試料」を事例とした点に特徴があり、配慮すべき利益・懸念の認定と均衡のあり方を今後の課題として結んでいます。本調査の速報版はJME誌のウェブサイトからアクセスできます。またこの論文についてのコメントが、井上が在外研究で滞在しているウプサラ大学の研究室のサイトでも紹介されました。

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2013年度第6回公共政策セミナー 「人間の尊厳の生物学主義的解釈と個人の尊厳」

2013/12/25

本日、2013年度、第6回目の公共政策セミナーが開かれました。
内容は以下の通りです。

日時: 12月25日(水)10時~12時
報告者: 丸 祐一(公共政策研究分野特任助教)
タイトル: 「人間の尊厳の生物学主義的解釈と個人の尊厳」

概要:

臨床研究に関する倫理指針が平成20年に改正された折、前文の一部が変更された。「被験者の個人の尊厳及び人権を守る」という文言が、「被験者の人間の尊厳及び人権を守る」という文言に変わったのである。臨床研究における被験者保護は、通常、研究に参加する具体的な被験者が可能な限り不利益を受けないようにすることを目的としているが、改正後の「人間の尊厳」をそのような意味として解釈することはただちには難しい。というのも、「人間の尊厳」という言葉は、「類」としての人間性の尊厳を指すものとしても解釈できるからである。人の生殖細胞系列に介入する遺伝子治療及びその研究や、ドイツにおける「胎児判決」において問題とされるのはこの意味での「人間の尊厳」であり、個人を超えた「類」としての人間の尊厳を根拠にして、国家や個人による科学技術の行使を制限しようとする際に使われている。ここにおいて、例えば憲法学では、個人の尊厳と人間の尊厳(生命の尊厳)との対立が論じられているところである。歴史的に見れば、人間の尊厳を人の生命の尊厳に結びつける考え方は比較的新しい考え方である。本シンポジウムでは、この新しい考え方を人間の尊厳の生物学主義的解釈と位置づけ、具体的な個人の尊厳を尊重することとといかなる関係を持ちうるのかを検討する。法学・法哲学の文脈でこれまで語られてきた法における尊厳の語られ方について振り返り、あまりに多義的になったことから「空虚」ともいわれつつある本概念について改めて整理する。

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第41回 ジャーナルクラブ記録

2013/12/20

第41回(2013年12月20日)

本日は、以下の文献が紹介されました。

武藤:
N・SAS試験 日本のがん医療を変えた臨床試験の記録
小崎丈太郎
日経メディカル開発 2013年

神里:
再生医療を国民が迅速かつ安全に受けられるようにするための施策の総合的な推進に関する法律

岩本:
Brain banking: Opportunities, challenges and meaning for the future
Hans Kretzschmar
Nature Reviews Neuroscience 10, 70-78 January 2009

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【院生室より】三研究室合同ゼミ

2013/11/21

D2の中田はる佳です。すっかり秋も深まり、寒い日も多くなってきました。食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋などといいますが、大学院生としてはやはり学問の秋でしょうか。

先日、本研究室研究員の礒部さんが中心となり大島研佐倉研・武藤研三研究室合同のゼミを企画してくださいました。今回はゼミの概要と感想などをお伝えしたいと思います。これらの三研究室は、もともと各研究室で少しずつ交流があったところ、せっかくなら合同でゼミを行おうという流れになったようです。

当日は、まず佐倉先生から開催趣旨のご説明があり、全員自己紹介をした後で、佐倉研および武藤研から各2名の大学院生が研究発表を行うという流れで進みました。佐倉研からは下西さん(D2)、加瀬さん(D2)のお二人が、武藤研からは小林さん(M2)と中田(D2)が発表を担当しました。参加者は約20名、バックグラウンドや興味関心はいつにも増して多様でした。

学会や内部ゼミと異なり、共通知識の程度が多様で研究分野も異なる方々に自分の研究をお話しするのは初めての経験です。発表では①自分の興味関心をわかってもらい、②シンプルに研究内容を説明し、③内部のメンバーにも飽きずに聞いてもらえるように、注意してプレゼンテーションを作成しました。学会発表では使わないような写真やイラストを入れるなど視覚的な情報も重視しました。発表の際には、専門用語の使用を極力避けるなど話し方にも注意しました。発表後の質疑応答・議論の時間では、これまでと違った視点からの質疑やコメントをいただくことができました。

一方で、これまで接する機会がほとんどなかった分野の研究発表を聞き、その場で質問やコメントを出すということもあまりない経験でした。これは、限られた時間の中で発表を自分なりに咀嚼するということで、普段使わない脳の部分を使うような、大変知的刺激に溢れる経験でした。また、発表スタイルにも研究分野による違いがみられ、興味深かったです。

今回は幸運にも発表者と聴講者の二つの立場で合同ゼミに参加することができました。いずれの立場からも、とても得るものが多く充実した経験になりました。こうして多くの方々と議論をする機会は、視野を広げ、自分の研究内容を深める上で非常に有意義であると思いました。

(D2・中田はる佳)

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第34回日本臨床薬理学会学術総会 一般公開シンポジウム 「患者の視点から考える再生医療の臨床研究」のお知らせ

2013/11/21

2013年12月5日(木)9時~11時に、東京国際フォーラムにおきまして、第34回日本臨床薬理学会学術総会 一般公開シンポジウム「患者の視点から考える再生医療の臨床研究」が開催されます。

無料の公開シンポジウムですので、ご興味のおありの方は是非ご参加下さい。
<フライヤーPDF版はこちらです>


第34回日本臨床薬理学会学術総会 一般公開シンポジウム
「患者の視点から考える再生医療の臨床研究」

日時: 2013年12月5日(木)9:00~11:00
場所: 東京国際フォーラム ホールC(第1会場)
座長: 武藤香織(東京大学医科学研究所)
田代志門(昭和大学研究推進室)
演者: 「患者からみた臨床試験――臨床試験への患者参画について」
 別府宏圀(NPO法人健康と病いの語りディペックス・ジャパン)
「国内の患者団体による臨床試験への関与――日本せきずい基金の事例」
 坂井めぐみ(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
「患者の臨床試験参画に必要なこと」
 有松靖温(日本網膜色素変性症協会)
「iPS細胞を用いた臨床研究と患者の理解」
 高橋政代(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター)
主催: (独)科学技術振興機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「再生医療研究における倫理的課題の解決に関する研究」
日本臨床薬理学会
参加費: 無料
事前申し込み: 不要
問い合わせ先: (独)科学技術振興機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
「再生医療研究における倫理的課題の解決に関する研究」事務局

 

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「BMIについての倫理的・社会的問題の概要」に関する論文が掲載されました(礒部)

2013/11/19

2013年10月12日に公刊された『医学のあゆみ』247巻2号に下記の論文が掲載されました。

「BMIについての倫理的・社会的問題の概要:脳神経倫理学における議論から」(礒部太一・佐倉統)

論文概要:
ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)に関わる倫理的・社会的問題について、脳神経倫理学の議論を中心に紹介する。最初に、脳神経倫理学とはどのようなものであるかの概要を説明した上で、脳神経倫理学において議論されている諸点を中心に、BMIに関わる具体的な倫理的・社会的問題を提起し、最後にそれらに対応していくことが脳神経科学研究のコミュニティにおいてどのような役割と意義があるのかを述べる。

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海外出張報告「モントリオール調査・4Sへの参加」(礒部)

2013/11/19

ここ2~3ヶ月間の海外出張に関して報告します。

少し前のことになりますが、2013年8月上旬から9月初頭にかけて、カナダのモントリオールに滞在し調査を行ってきました。調査テーマは、「なぜカナダにおいて脳神経倫理が研究分野として成功をおさめつつあるのか」などです。調査の中心は、脳神経倫理や生命倫理の研究者や科学行政担当者へのインタビュー調査と、文献調査などでした。調査結果の一部については、現在、日本神経科学学会のニュースレターに投稿中です。

また、10月中旬には、アメリカ・サンディエゴで開催されたSociety for Social Studies of Science(4S)という科学技術社会論に関する国際学会に参加してきました。次回の4Sはアルゼンチン・ブエスノアイレスで開催される予定です。

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【院生室より】東大でのボランティアに参加しませんか

2013/11/19

公共政策研究分野のメンバーは、学術研究に熱心なだけではなく、社会貢献活動にも関与しています。東日本大震災後約一ヶ月の間、武藤先生がリーダーとなり当研究室のメンバー3人が都民ボランティアに参加しました。洪先生も、東京大学の岩手県三陸沿岸被災地支援の夏季ボランティアに参加したことがあります。

ふだん、他のメンバーもボランティアなどの社会貢献活動をしています。例として私が今年6月から参加している東京大学附属病院のにこにこボランティアを紹介いたします。

東京大学付属病院のにこにこボランティアは、平成6年7月の新外来棟オープンと同時に患者サービスの一環として導入されました。活動内容は、病院内のガイドや、車椅子や目が不自由な方の援助などです。また、患者さん向けの図書室の運営や病院内のイベントなどを手伝っています。病院の職員の方がボランティア活動を指導しています。ボランティアの活動員として様々な年代・職種の人が集まっています。なお、ボランティアの方々はすべて無償で活動に参加しています。

最初は、ボランティアの先輩方に指導していただきました。まだ病院内をきちんと覚えていなかったときに、内科が2階にあるのに間違って3階に案内したなどミスをしたことがあります。また、言葉の問題もあります。しかし、練習を重ねて徐々に慣れてきました。そして3ヶ月の実習期間を経て、ボランティア活動認定証をもらいました。これからもっと積極的に活動をやっていくつもりです。

写真は、外来棟で受診者と話していたボランティア(ライトブルーのエプロンをかけている人)です。

(M2 趙斌)

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第40回 ジャーナルクラブ記録

2013/11/15

第40回(2013年11月15日)

本日は、以下の文献が紹介されました。

中田:
Pacemaker trials: Software or hardware randomization?
Guy M. Gribbin, Janet M. Mccomb
PACE Vol.21 August 1998

岩本:
Factors that influence decisions by families to donate brain tissue for medical research
Therese Garrick, Nina Sundqvist, Timothy Dobbins, Liza Azizi, Clive Harper
Cell Tissue Bank (2009) 10:309-315

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2013年度第5回公共政策セミナー 『韓国社会における「生殖補助医療」の受容過程と その諸課題』

2013/11/06

本日、2013年度、第5回目の公共政策セミナーが開かれました。
内容は以下の通りです。

日時: 11月6日(水)10時~12時
報告者: 洪 賢秀(公共政策研究分野特任助教)
タイトル: 韓国社会における「生殖補助医療」の受容過程とその諸課題

概要:

本報告では、「生殖補助医療」技術が韓国社会でどのように登場して受容されていったのか、その社会的背景に着目して考察する。とくに、「伝統」的な生殖観や家族構造や、民族解放後(日本の戦後)の人口政策の変遷を踏まえて、「生殖補助医療」の韓国社会での意味づけについて概観する。また、近年、韓国社会で生じた「生殖補助医療」をめぐるトラブル事例の検討を通して、今後の課題について考えたい。

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第39回 ジャーナルクラブ記録

2013/11/01

第39回(2013年11月01日)

本日は、以下の文献が紹介されました。

神里:
医学生物学論文の70%以上が、再現できない!
Meredith Wadman
Nature 2013年8月1日号 Vol.500(14-16)

中田:
“He knows that machine is his mortality” : old and new social and cultural patterns in the clinical trial of the AbioCor artificial heart
Renee C. Fox, Judith P. Swazey
Perspectives in Biology and Medicine Vol 47, No1 Winter 2004

趙:
中華人民共和国母嬰保健法にみる「優生優育」政策
于 麗玲、塩見佳也、加藤 穣、宍戸圭介、池澤淳子、粟屋 剛
生命倫理 VOL.23 NO.1 pp. 125-133, 2013.9

岩本:
iPS細胞のインパクトは社会にどのように受けとめられたか : 科学研究に対する科学者・報道機関・人々の注目の違い
蔦谷 匠 安藤康伸 飯田有希 井上志保里 貴舩永津子 小寺千絵 近藤菜穂 猿谷友孝 豊田丈典 中村史一 宮武広直 渡邉俊一 横山広美
科学技術コミュニケーション第9号 2011年6月発行

江:
台灣地區基因檢測態度調查與結果分析
何建志、陳李魁
法律與生命科學 第三卷第二期 Vol.3 No.2 April 2009

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レイキャビク訪問 ウプサラより(5)

2013/10/30

久しぶりの便りです。今回は夏に訪問したアイスランドでの出来事についてお話ししましょう。

アイスランドは、人口30万人の、大西洋に浮かぶ島国です。豊富な水資源と、プレートの境界上に位置することを活かした地熱エネルギーが、豊富な電力を生み出しています。首都レイキャビクは「煙が立ち込める港」という意味だそうですが、これは湯煙のことを言っているらしいという説が一般的です。地熱を利用した巨大な温泉施設にたくさんの人がつかっている広告写真をよく目にしました。

今回の訪問の目的は、「北欧生命倫理委員会」(「生命倫理に関する北欧委員会」)に参加することでした。「北欧」と言いますと、一般的には、私が滞在しているスウェーデンのほか、ノルウェー、フィンランド、そしてデンマークとアイスランドが含まれます。それぞれに個性はあるものの、お互いに地理的にも歴史的にも深い関係を有しています。冷戦下の70年代には、北欧諸国の団結・協力の基盤として北欧理事会が設置されました。それ以降、今日に至るまで、首脳間や閣僚級での定期的な政策協議の場として機能してきました。生命倫理委員会は、この協議会の部会の一つとして1988年に設置されました。

今年の委員会の検討テーマは、「国際的な視点からの代理出産」でした(写真1)。北欧は、スウェーデンをはじめ生殖補助技術に関する法的規制に早くから取り組んできました。今回、このテーマが選ばれた背景には、代理出産をめぐる現行の規制の再考、とりわけ(日本でも取り上げられるようになりましたが)インドなど海外に代理母を求める事例が増えていることが、念頭にあるようです。

議論の中で示された印象的な視点を挙げてみますと、「金銭の授受を伴うような代理出産が認められない」という価値判断が、他の国民にも適用されるようなものなのか、つまり金銭の授受は、状況によっては必ずしも代理母に不利益になるとはいえないという視点。これについて、個人の権利の保障が果たされていない環境下において、代理出産に関する金銭授受を肯定する理解は危険であるという反論。一方、こうした議論自体を回避するためにも、それぞれの国内で「愛他的な代理出産」を認めてもよいのではないかという意見。法律の禁止規定とは裏腹に、現に海外での代理出産を経て生まれた子どもの法的な地位をどう考えるべきか、行政担当者の悩みも吐露されました。各国の担当者がそれぞれの国の経験を持ち寄り、また研究者が自身のフィールドや調査を示して、将来のあり方を検討する光景が新鮮でした。

ところでアイスランドといえば、生命倫理に関心の深い人にとっては、デ・コード社の話が想起されるかもしれません(写真2)。これは、バイオバンクへの試料や情報の提供をめぐる同意のあり方についての政策論議の、実質的な起点となった出来事でした。同国出身者でハーバード大学の医学者であったカリ・ステファンソン氏が、この国の体系的な家系記録と医療情報に目をつけ、遺伝子解析研究のリソースとしてこれらを活用することを考えました。この計画に応じた同国政府は1998年、国民の医療記録、家系情報を束ねた保健医療データベース法を立案し、成立させました。このことが自身の情報に関する個人の権利を侵害するとして、国内外の有識者を巻き込む議論に発展しました。

のちに、この法律は最高裁の判決により違憲とされました。デ・コード社は経営的な苦境に陥るようになり、後にアメリカの会社に買収されました。ただ、アイスランドの一連の議論は、近隣の北欧諸国における議論を刺激し、多くの国がバイオバンクに関する法律を備えるようになりました。

井上:ウプサラ大学にて在外研究中/スウェーデン王国)

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「生命科学研究における成果発表」に関する論文が掲載されました(神里)

2013/10/30

このたび、日本生命倫理学会誌『生命倫理』に下記の拙稿が掲載されました。

神里彩子「生命科学研究における成果発表の意義とその規制の許容性についての一考察-2011~2012年H5N1型インフルエンザウイルス研究論文問題を題材として」生命倫理通巻24号、105-114頁(2013年9月)

2012年上半期、H5N1型インフルエンザウイルスがフェレット間において伝播可能であることを報告する論文2本がNature誌とScience誌に掲載されました。これら2本の論文の掲載については、アメリカ保健福祉省が研究方法の詳細について論文から削除すること等を勧告したため、科学界のみならず社会的な議論を巻き起こしました。2本の論文のうちの1本が日本人研究者チームによるものであったので、記憶されている方も多いと思います。
最終的に両論文は全文公開という形で掲載されるに至りましたが、その議論の過程を見てみると、「デュアル・ユース」「テロ対策」という面からの議論ばかりで、「生命科学研究における成果発表の意義や価値」からの検討が全くなされていないことに気がつきます。この点に疑問を感じて執筆したのが本稿です。
本稿では、まず、上記2本のH5N1型インフルエンザウイルス研究論文の発表を巡る議論を振り返りながら、そこから見えた問題点を整理しました。その上で、生命科学研究における成果発表には、「科学研究の自由」、「表現の自由」、「科学者の責務」、「生命科学研究の意義」から導き出される意義・価値が内在していることを明らかにし、そこから、その規制はこれらの意義・価値を上回る必要性がなければならないことを論じています。
生命科学研究の成果「発表」に関する規制についての議論は世界的に見ても蓄積されておらず、「どのような場合に規制が認められるのか」、「誰が・どこが規制するべきか」、「どのような規制方法が妥当か」等についての本格的な議論はなされていないように思います。荒削りではありますが、本稿を第一歩とし、今後もこの点に関する研究を進めて行きたいと思っています。

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第38回 ジャーナルクラブ記録

2013/10/18

第38回(2013年10月18日)

本日は、以下の文献が紹介されました。

小林:
日本の労働市場の課題と就労支援―アクティベーション政策と社会的企業
米澤 旦
社会運動 2012.8.15

趙:
我国第一部地方性优生法规诞生——甘肃省制定禁止痴呆傻人生育法规
屈维英,牛新莉
瞭望 1989年4期
从甘肃看痴呆傻人生育问题的严重性
维新
瞭望 1989年4期
Chinese region uses new law to sterilize mentally retarded
Nicholas D. Kristof
The New York Times Nov.21 1989

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多施設共同疫学研究における中央事務局業務のまとめ論文が出ました(武藤)

2013/10/15

このたび、北海道大学公衆衛生学分野の玉腰暁子先生と共著で、ものすごーく地味な論文が出ました。果たして、多施設共同疫学研究の事務局って何をしているところなのか、そして何をしないと機能しないのか、について検討した論文です。日本公衆衛生学会誌は、以下のサイトから全文を読んで頂くことができます。


「多施設共同疫学研究における中央事務局業務―実態の類型化と今後の標準化にむけて」

玉腰暁子・武藤香織 日本公衆衛生学会誌 60(10):631-638, 2013.


掲題の疫学研究だけではなく、医学研究の多くはプロジェクト化・大型化が進んでいます。結果として、研究代表者の所属機関が中央事務局業務を担っているというのが現状です。

しかし、様々な意思決定を迫られるプロジェクト立ち上げ時に研究者間のトラブルが少なくて済むかどうか、そのプロジェクトが成功するかどうかは、中央事務局が内外情勢に目配りをしたうえで機能できるかどうかにかかっている部分が大変大きいと思います。そのノウハウは全く蓄積されていません。円滑に進んでも褒められることはないし、何かトラブルがあっても飲み会でおしまいにしちゃう、だから「どういう中央事務局が理想なのか」ということもよくわかっていない状態です。

そのような問題意識からスタートした本論文では、日本の6つの大型疫学研究を取り上げて、その中央事務局がどんな作業をしているのかをリストアップするという、「え、それだけ!?」という内容です。ですが、「え、それだけ!?」ということも、これまで中央事務局を担う人たちの中だけで共有され、知識化してこなかったということです。

幅広い読者に興味を持ってもらえる論文ではありませんが、研究プロジェクトのマネジメント経験がある人には、「そうそう!」「あるある!」と、涙して読んでもらえるのではないかと、願っております。

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第37回 ジャーナルクラブ記録

2013/10/04

第37回(2013年10月04日)

本日は、以下の文献が紹介されました。

武藤:
Actionable, pathogenic incidental findings in 1000 participants' exomes
Michael O. Dorschner, et al.
The American journal of human genetics 93, 631-640, October 3, 2013

中田:
Cross the road
Editorials
Nature. 502(7469):6, 2013
臨床研究の倫理(研究倫理)についての基本的考え方
松井健志
医学のあゆみ Vol.246 No.8 2013.8.24

趙:
我国第一部地方性优生法规诞生——甘肃省制定禁止痴呆傻人生育法规
屈维英,牛新莉
瞭望 1989年4期
从甘肃看痴呆傻人生育问题的严重性
维新
瞭望 1989年4期
Chinese region uses new law to sterilize mentally retarded
Nicholas D. Kristof
The New York Times Nov.21 1989

岩本:
Public perceptions of animal experimentation across Europe
Fabienne Crettaz von Roten
Public Understanding of Science 22(6) 691-703. 2012

江:
台灣地區基因檢測態度調查與結果分析
何建志、陳李魁
法律與生命科學 第三卷第二期 Vol.3 No.2 April 2009

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ヘルシンキ宣言改訂に関する短報、Science誌に掲載(井上)

2013/09/26

世界医師会によるヘルシンキ宣言は、研究倫理に関する最も重要なガイドラインの一つです。この宣言は現在、改訂作業中です。井上はウプサラ大学の仲間と議論のうえ、世界医師会の意見募集に応じてコメントを出しました(2013年7月)。その後、このコメントの一部をレターとして組み直して投稿したものが、サイエンス誌の今週号に掲載されました。

Forsberg J, Inoue Y. Beware side effects of research ethics revision. Science, 341(6152), 1341-1342, 2013.

医薬品の試験におけるプラセボ使用の可否や倫理審査の質の課題など、研究倫理において従来取り上げられてきた論点が、今回の改訂をめぐる議論にも多く登場しています。ただ我々は、これまであまり論じられてこなかった試料・データの取り扱いに関する項目の変更にも関心を持っています。

2000年の改訂以降、ヘルシンキ宣言には、その射程とする医学研究に「個人を特定できる試料・データを用いる研究」が含まれることが明記されるようになりました。一方で、既存の試料・データを集合的に管理し、解析する研究形式の発展と、これらが由来する個人の自己決定権を尊重する観点とを考慮して、同意原則の適用のあり方をめぐる多様な議論が展開しています。

現在の改訂案では、同意取得要件の例外として認められてきた、「倫理審査により、研究の妥当性に深刻な影響があることが確認された場合」に関する記述が削除され、個人からの事前の同意取得の履行をより前面に出したものになっています。我々は、リスク・ベネフィットの比較衡量の観点から、この改訂作業の動向に注目しています。個人の身体に大きな影響を伴う臨床研究では、その参加に際して個人から事前に同意を取得するべきであり、またその撤回の希望は最大限尊重されるべきでしょう。しかし、既存の試料やデータを用いる研究は、個人に及ぼす害の防止や軽減、研究者や倫理審査委員会の責任ある判断を前提として、多様な参加・収集形態があっていいと考えてます。影響力が大きい文書ですので、用語の詳細な定義や解説の充実などが期待されます。

なお、井上が滞在しているウプサラ大学研究倫理・生命倫理センターのウェブサイト(9月22日記事)、週刊ブログ(9月25日記事)でもこの短報が紹介されています。

井上:ウプサラ大学にて在外研究中/スウェーデン王国)

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「医学のあゆみ」の研究倫理特集(丸、井上)

2013/09/20

雑誌「医学のあゆみ」で「臨床研究と倫理」という特集が組まれました(国立循環器病研究センター・松井健志氏の企画、詳しくはこちら)。本教室の丸、井上が、それぞれ「臨床研究におけるインフォームドコンセントと”治療との誤解”」「ヒト試料の取扱いと研究倫理」という単元を担当しています。

「インフォームドコンセント」(丸)の単元では、「研究目的での侵襲」に関するインフォームドコンセントが果たす役割と注意点を紹介しました。被験者からの同意の取得は、研究倫理における基本的な要件ですが、単に同意を得たという事実や被験者が同意したとおりに研究を展開するというだけでは、被験者保護として十分ではありません。研究による侵襲が正当化されるためには、研究に伴う危険やリスクに照らして、科学性・倫理性を担保するための倫理委員会における評価の充足や被験者との必要なコミュニケーションのあり方を考える必要があります。また、研究の趣旨とは異なる被験者の期待やニーズが、患者・医師関係の中で「治療との誤解」を形成し、結果的に被験者の自律的判断を歪める危険性もあります。狭義の「同意取得」のみならず、被験者が研究参加によってもたらされる(もたらしうる)利益の性格や危険性について理解できているか、研究者は注意する必要があるでしょう。

「ヒト試料」(井上)の単元は、研究目的での試料の取扱いをめぐる問題をテーマとしています。既存の試料を用いる研究では、医薬品の臨床試験などと異なり、個人の身体に直接的な害が生じることは少ないといえます。一方、医療への還元には長い年月を要する場合が多く、健常者・非罹患者の協力を求めることが多いこと、解析結果は大きな集団レベルで示されることなどの特徴があり、また試料は研究の素材として共有、蓄積されたりすることも多いです。個々人と研究結果との関係は相対的に希薄で、試料の提供や維持は、研究方針に包括的に共鳴した人の支持に依拠することになります。解析技術が進歩し、当初想定していなかった用途や情報の発生への対応が求められる中、試料や情報の個人性への配慮と科学研究の素材としての運用との均衡をめぐる議論が浮上しています。前半ではこうした特徴の概要を、後半では試料の取扱いをめぐる自律と無危害をめぐる議論に関連の深い、直近の論点を紹介しました。

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第36回 ジャーナルクラブ記録

2013/09/20

第36回(2013年9月20日)

本日は、以下の文献が紹介されました。

神里:
European Society of Human Reproduction and Embryology
The prevention of hereditary breast and ovarian cancer by PGD is ‘feasible’, following analysis of Europe's biggest patient series

中田:
End-stage heart disease, high-risk research, and competence to consent: the case of the AbioCor artificial heart
E. Haavi Morreim
Perspectives in Biology and Medicine. 49(1):pp.19-34, 2006

岩本:
自殺のない社会へ―経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ
第1章 なぜ自殺対策が必要なのか?
澤田康幸、上田路子、松林哲也
有斐閣 2013年06月

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