玉腰暁子・武藤香織著『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』(医学書院)が出版されました

2011/02/26

このたび、玉腰暁子・武藤香織著『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』(医学書院)を上梓しました。
★医学系看護系の学部で、実習や卒業論文や修士論文に携わる方、
★医療機関で働く看護師で看護研究を始める方、
★社会科学系の方で、医療機関・保健行政・患者会などで調査をする方、
に向けて書いています。ぜひお手にとってご覧ください!

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『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』に寄せて(武藤)

2011/02/26

1997年、まだ学生だった私は、日本疫学会総会のときに開催された「疫学の未来を語る若手の集い」に参加し、疫学研究のインフォームド・コンセントに関する議論を客席から聞いていました。若手研究者自身が倫理のあり方を議論する現場は素晴らしいなあと感銘を受け、壇上にいた中山健夫さん(現在は京都大学大学院教授)に熱いお手紙を送ったことがご縁で、疫学者のコミュニティに関わらせていただくようになりました。

そして、この本の共著者の玉腰暁子さんが旧厚生省研究班長を買って出てくださり、疫学研究のインフォームド・コンセントを考える研究班が発足しました。

全く門外漢だった私ですが、この研究班の兄さん・姉さんたちに温かく受け入れて頂きました。そして、疫学の「いろは」から教えて頂きました。カルチャーショックを受けたり(たぶん与えてしまったりも)しながら議論を続け、その研究班の取り組みから生まれた「疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン」は、やがて2002年、文部科学省・厚生労働省の「疫学研究に関する倫理指針」につながっていきました。

あれから、「一昔」相当の時間が経ちました。当時、自称「若手」だった方々は、いまや日本の疫学を背負う重鎮になられました。私も、医学・生物学系の大学院生に研究倫理を講じたり、社会科学系の大学院生と調査研究倫理のゼミをするような責務を担う立場になりました。

この10年間の最大の変化は、国が次々と研究倫理指針づくりに乗り出し、数々の研究倫理指針が生まれたことだと思います。つまり、研究の現場ではなく、審議会で指針をつくるプロセスが当たり前のものになったわけです。自分たちから遠いところでつくられた指針は、研究者にとって愛着がわかない存在かもしれません。

でも、疫学分野の研究者は、行政が動きだす前に、外部の人たちも交えて議論を闘わせることを思いつき、自主的なガイドラインを絞り出しました。専門家集団として素晴らしい取り組みをしたと思いますし、きっと後世でも評価される、はず…。

ぜひ多くの研究者に、国の指針策定や改正を待つだけでなく、自分たちで動いてルールをつくる醍醐味を、味わってほしいと願っています。

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信濃毎日新聞コラム(7)臓器移植と大人の責任(武藤)

2011/01/24

◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年1月24日掲載)
▽臓器移植と大人の責任▽武藤香織


昨年7月に臓器移植法が改正されて半年が過ぎた。この改正では、本人が臓器提供を拒否する意思表示をしていなければ、家族の同意で、脳死判定後の臓器提供が可能となった。また、世界でも珍しいルールとして、親子間、配偶者間での優先提供が認められた。そして、15歳未満の子どもからの臓器提供が認められた。

成人間での脳死臓器移植は、2009年は年間7例だったが、この半年間で31例と大幅に増えた。そのほとんどが、本人が意思を明示しておらず、家族によって承諾されたものである。突然の増加に伴って、脳死臓器移植を仲介する日本臓器移植ネットワークの負担も増している。提供者が出た際の記者会見でもあまり多くの情報は出てこない。

親族への優先提供は、この半年間で親子間、配偶者間で各1例が公表された。これまでの脳死臓器移植は、医学的必要性を根拠に公平に配分する原則で運用されてきた。親族への優先提供は、提供者を少しでも増やす目的で導入されたが、脳死臓器移植を家族という私的な領域に閉ざす道も認めたことになる。実の親子と配偶者に限ったのは、臓器提供目的の自殺や養子縁組を防止するためだ。

他方、子どもからの臓器提供は、まだ例がない。新聞報道などからは、脳死の可能性のある子どもはいたものの、悲痛な親に臓器提供の話を切り出す難しさや、虐待死でないことを確認する難しさが、浮き彫りになっている。

臓器移植法の改正による提供機会の広がりは、それぞれが新しい課題を生んでいる。透明性がより重視される反面、プライバシー保護も大切だ。適正な手続き執行の番人として、どこまでマスメディアが情報を求めてよいのかも、今後、問われていくだろう。

だが、最も心配なのは、自分で意思表示をする機会の確保である。私が生命倫理学を教える大学生45人に、家族と臓器移植について話し合ったことがあるかどうか聞いてみると、手を挙げたのはわずか3人だった。意思表示カードに意思を書き込むという行為は、親に書いてもらうのも、自分が書くのも気が重いという。医療技術のために、昔は考えなくてもよかったことを考えさせられるようになったのかもしれない。しかし、家族の思いを知る契機ととらえて、逃げ出さずに話題を切り出すのが、大人の新たな責任になったといえるのではないか。

(東大医科学研究所准教授)

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企画展アーティストトークを開催しました

2011/01/14

連休中日の2011年1月9日(日)14:00から、第4回サイエンスアート企画展のアーティストトークが開催されました。
当初全員立ち見の予定でしたが、急遽椅子を10席用意。最終的に16名の方に来場頂きました。

アーティストの池平徹兵さんとブリアンデカナエさんが、バクテリアをテーマとした作品制作をはじめられたきっかけ、バクテリアから受けるインスピレーションなどをお話下さった後、医科研博士課程3年の峯岸ゆり子さんも参加しての対談となりました。

池平さんとカナエさんは、約3年前に(仏)国立農業研究所でバイオフィルムの研究をしているロマン・ブリアンデさんに顕微鏡画像を見せてもらった時に、2人同時にインスピレーションを受け、作品の協同制作をはじめられたそうです。以来、日本とフランスで作品を送り合って、制作を続けられています。
画像を見た時に感じた、「ぞくぞくするけど、もっと見ていたい」という感覚がカナエさんの制作の原点。峯岸さんが、「バクテリアが繁殖する様子がとてもよく表されているのにかわいい」とおっしゃっていたアクセサリーは、この「ぞくぞく感」も表現されているようです。
そして、この「ぞくぞくするけど、もっと見ていたい」という感覚は、実験途中にバクテリアが繁殖することを忌み嫌うサイエンティストも、実は共感するところだそうです。
一方池平さんの原点は、バクテリアに感じた「宇宙」。常々、「私たちの世界がある宇宙は、巨人のように大きな存在の一部なのではないか」という感覚を持たれていたのですが、バクテリアを見た時にそれを思い出したとのこと。また、展示されている大きな作品には「主役」がいません。それはバクテリアが、環境に応じて個性を発揮し、多様性のあるコミュニティーを形成するところからきているとのことです。

お二人はこれからも、バクテリアが環境に応じて進化し続けるように、OFFICE BACTERIAとして進化し続けていきたいとおっしゃっていました。

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ご来場頂いた皆様、大変ありがとうございました。

企画展は30日(日)までです。
足をお運び頂ければ幸いです。
また、お二人の作品は渋谷のギャラリーコンシールでも1月31日(月)までご覧頂けます。

(文責:渡部)

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東京大学医科学研究所主催第4回サイエンスアート企画展

2010/12/20

*** OFFICE BACTERIA 宇宙

バクテリアの宇宙に魅了されたサイエンティストとアーティストによる、
平面と立体のインスタレーション

**************
2011年1月5日(水)-1月30日(日)
アーティストトーク:1月9日(日) 14:00-15:00(予約不要)
*******************

OFFICE BACTERIA

池平徹平 (油絵家)
ブリアンデ カナエ (アクセサリー作家)
ブリアンデ ロマン (生物学者:フランス国立農業研究所所属)
http://www.parco-city.com/officebacteria
********************

場所: 東京大学医科学研究所 近代医科学記念館
(東京都港区白金台4−6−1)
開催時間: 平日10:00-18:00,土日祝10:00-17:00
休館日: 月曜日
入館料: 無料
アクセス: 東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線 白金台駅
2番出口徒歩2分 東大医科研正門入って左手すぐ
問合せ先: 東京大学医科学研究所公共政策研究分野
Tel: 03-6409-2079 Email:

ポスター画像(820KB)

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信濃毎日新聞コラム(6)ゲノム時代の遺伝子検査(武藤)

2010/12/06

サイエンスの小径(2010年12月6日信濃毎日新聞掲載)
▽ゲノム時代の遺伝子検査▽武藤香織


ひとりの人の全遺伝情報(ゲノム)の解読に、何日かかるかご存じだろうか?1990年代頃までは、だいたいの遺伝情報を読み解くのに10年以上かかっていた。だが現在は、最新の機械を24時間動かし続ければ、約4日間で読み終わる。

この技術革新のおかげで、研究の手法も変わってきた。特定の遺伝子を一生懸命探していた時代と違い、今では全遺伝情報を相手に網羅的に違いを見つけていく。理化学研究所の鎌谷直之さんは「一本釣りから、大きな網で大量の魚を一気に捕まえるトロール漁法に変わったようなもの」と表現している。
こうした研究の成果として、遺伝子検査はぐっと身近な存在になってきた。これまで遺伝的背景による影響が不確かだった病気も、一定の遺伝的背景に生活習慣の影響が加わると、病気になるリスクが高まる可能性が指摘されている。また、薬の量や飲み方も、その人の遺伝的背景に合わせて変えたほうが効果的な場合があることもわかってきた。

一方、インターネット上などで、「遺伝子検査サービス」が一般向けに広告、宣伝されるようにもなった。イギリスではニコチン依存に関する遺伝子検査が、アメリカでは胎児の性別を判断する遺伝子検査が、大きく宣伝されて議論となった。科学者を中心に「まだ研究段階のものであり、検査として販売されるべきではない」として、規制を求める声がある。日本人類遺伝学会も去る10月、「一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」を公表して警鐘を鳴らし、消費者にも慎重な対応を求めている。だが、「別に科学的に正しくなくてもいい」「占いのように楽しみたい」という消費者の声もある。

私が学生だった頃、遺伝子検査は、先天異常や遺伝性疾患の患者さんと家族のための限られたものだった。将来、自分は病気になるのか、子どもに病気の遺伝子が引き継がれる可能性があるのか、悩む家族は多い。そんな人たちのために、信大医学部付属病院は、日本でいち早く1996年に遺伝子診療部を設け、臨床心理士や専門看護師も加わってカウンセリングを行っている。

遺伝子検査が身近になれば、誰もが、他人と同じではないことがわかってくるだろう。そうすれば、遺伝に関する悩みを抱え込まずに済むようになるだろうか。それとも、誰もが遺伝的な「異常」に悩む社会になるのだろうか。

(東大医科学研究所准教授)

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日本生命倫理学会誌『生命倫理』に論文掲載(神里・武藤)

2010/11/25

日本生命倫理学会誌『生命倫理』Vol20 No.1(2010年9月)に拙稿「「研究倫理コンサルテーション」の現状と今後の課題‐東京大学医科学研究所研究倫理支援室の経験より‐」が掲載されました。
本稿では、医科学研究所研究倫理支援室における「研究倫理コンサルテーション」業務を紹介すると同時に、米国での「研究倫理コンサルテーション」の状況を参考にしながらその概念や位置付けについて考察しました。ご覧いただければ幸いです。

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教室のニュースレター(第1号)刊行!

2010/11/09

教室のニュースレター(PubPoli Voice No.1)が完成しました。私たちは日々様々な活動に取り組んでいます。しかし、こうした教室の素顔に触れていただく機会がなかなかないことも実情です。今後も一定の期間毎に作成し、教室の行事や、メンバーの活動状況についてご報告する場にしていく予定です。ご笑覧いただければ幸いです。

ダウンロード:965KB】

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「代理懐胎に関する諸外国の現状調査報告書」(2007年)全文掲載

2010/10/28

平成18年度厚生労働省緊急対策事業として実施した、「代理懐胎に関する諸外国の現状調査報告書」(2007年)のPDFファイルを下記リンクよりダウンロードしていただけます。

「目次、調査概要(第1章)」 (PDF:17,814KB)
「各論(第2章~7章)」 (PDF:15,553KB)

・この調査報告は2007年3月に終了したものですが、閲覧のご要望が多いため掲載いたします。
・2009年12月2日付けでお伝えした代理出産に関する論文(Semba et al, Bioethics 24(7): 348–357, 2010)はこの報告書がもとになっております。

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IJJS 'Social context of Medicine in Japan' オンライン公開(武藤)

2010/10/28

日本社会学会の英文誌であるInternational Journal of Japanese Sociology 第19号の特集“Social context of Medicine in Japan”の編集と執筆を担当しました。

この特集では、人を対象とする研究(田代志門)、人工授精(白井千晶)、安楽死・尊厳死(大谷いずみ)、生体肝移植(武藤香織)を取り上げています。オンラインで公開されましたので、ぜひご覧下さい。


IJJS Volume 19, Issue 1
Special issue: Social context of Medicine in Japan

Introduction (pages 2–3)
Kaori Muto (武藤香織)

Unintended Consequences of “Soft” Regulations: The Social Control of Human Biomedical Research in Japan (pages 4–17)
Shimon Tashiro (田代志門)

Reproductive Technologies and Parent–Child Relationships: Japan's Past and Present Examined through the Lens of Donor Insemination (pages 18–34)
Chiaki Shirai (白井千晶)

Organ Transplantation as a Family Issue: Living Liver Donors in Japan (pages 35–48)
Kaori Muto (武藤香織)

“Good Manner of Dying” as a Normative Concept: “Autocide,”“Granny Dumping” and Discussions on Euthanasia/Death with Dignity in Japan (pages 49–63)
Izumi Otani (大谷いづみ)

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信濃毎日新聞コラム(5)臨床研究進めるために(武藤)

2010/10/25

サイエンスの小径(2010年10月25日信濃毎日新聞掲載)
▽臨床研究進めるために▽武藤香織


日本人の2人に1人が、がんになる時代。さらに有効な予防法や治療法の確立が期待されている。そして、新しい治療法の確立のために欠かせないのが、安全性や有効性を確かめるための臨床試験である。現在、人の免疫の働きを強化して、がん細胞の表面にある蛋白質を目印にがん細胞を攻撃させる、がんペプチドワクチン療法の臨床試験が全国的に行われている。

私の勤務先の附属病院で行われた、進行性膵臓がんに対するがんペプチドワクチン療法の臨床試験に問題があったと指摘する記事が、先日、全国紙に載った。批判の柱は「臨床試験の被験者に起きた消化管出血について、他の施設にもその事実を伝えるべきだったのに、しなかった」という点だ。

臨床試験の期間中に生じた、あらゆる好ましくない医療上の出来事を有害事象と呼ぶ。臨床試験で入院中に風邪をひいて入院期間が延びても、「重篤な有害事象」と扱われる。薬剤と体調不良の関係を分析することは難しい。だが、関係している可能性が高まれば、臨床試験をすぐに中止するのも原則だ。

この事例の場合、出血の原因はペプチドにあったというだけの根拠はなく、膵臓がんの進行に伴うものと考えられた。臨床試験は単独で実施したため、他施設に直接通知はしていないが、研究会や論文では報告している。記事には基本的な事実関係の誤りや誤解を招く表現もあり、反論の記者会見が行われた。

だが、取り上げられた患者さんやご家族、全国のがん患者さんたちから見たとき、当事者不在の冷たいやりとりに見えなかっただろうか。実際、患者さんやご家族から、「がんペプチドワクチンを投与すると出血するのか」という問い合わせも相次ぎ、波紋の大きさがうかがえた。

後日、がん患者団体41団体が「がん臨床研究の適切な推進に関する声明文」を出した。明確な根拠とオープンな議論に基づいて研究予算が拡充されること、尊い意思を持って臨床試験に参画する被験者保護のほか、「臨床試験に伴う有害事象などの報道に関しては、がん患者も含む一般国民の視点を考え、事実をわかりやすく伝える冷静な報道を求めます」と要望した。これに反対する声はあるまい。

患者にとって大切な情報と、主治医や臨床試験担当医師が必要とする情報、そしてジャーナリズムが報道する価値があると判断する情報には、それぞれ距離がある。それを前提にコミュニケーションを継続する努力を忘れないようにしたい。

(東大医科学研究所准教授)

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大学院情報学環・学際情報学府創立10周年記念シンポ(11/12 15:00-18:00)

2010/10/20

大学院情報学環・学際情報学府創立10周年記念シンポジウム「智慧の環・学びの府――情報知の熱帯雨林の10年――」

日時:2010年11月12日 15:00-18:00
会場:東京大学本郷キャンパス福武ホール内 福武ラーニングシアター

もうすぐ申し込みが始まります。
ちなみに、懇親会では、武藤が司会します。

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信濃毎日新聞コラム(4)屋久島 山を下る「荷物」(武藤)

2010/09/21

サイエンスの小径(2010年9月21日信濃毎日新聞掲載)
▽屋久島 山を下る「荷物」▽武藤香織


先日、初めて屋久島を訪れた。8キロに及ぶ長いトロッコ道を歩き、花崗岩の山道を登り、世代交代を繰り返して悠久のときを生きている屋久杉を目にした。大粒の雨や霧で包まれる森の中、日ごろの鍛錬が足りない私にとって、決して安楽な登山路ではなかったが、ヤクシカやヤクザルにも励まされて歩みを進めた。

もうすぐ縄文杉にたどり着くという場所で小休止をして、湧水で喉をうるおしていたとき、山の上から黒いビニール袋にくるまれた荷物を背負った男性が下りてきた。慎重な足取りから、相当な重さの荷物だと分かる。その荷物からはジャボジャボという音が聞こえた。同行していた山岳ガイドは男性に「お疲れさま」と声をかけ、「何キロあるの?」と尋ねた。男性は「50キロくらいかな。あと4人くらい降りてくるからよろしくね」と返事をし、山を下りて行った。その荷物の中身は、山小屋のトイレから回収されたし尿であった。

登山者が年々増加する中で、し尿の処理は、どこでも課題となっている。処理方法には、焼却炉で焼却する方法、電気で空気を送ってし尿を分解する方法、微生物製剤を加えて空気を送り込んで分解する方法、ヘリコプターで移送する方法などがある。長野県内の山小屋でも、国の補助を受けて施設を整備し、し尿の処理に取り組んでいることはよく知られている。

屋久島町では、し尿の全量搬出を目指し、国の雇用創出のための基金を利用して、年間10万人以上の登山者が残す約2万リットルのし尿を人力で搬出している。登山路にはバイオトイレもあるが、し尿をオガクズと一緒に攪拌して堆肥にするには、電力が欠かせないため、山小屋近くのトイレでは設置できていない。2009(平成21)年度からは、登山者が自分のし尿を持ち帰る携帯トイレの普及にも取り組んでいる。しかし、主力は、依然として人力での搬出だ。私が山小屋に泊まった翌朝も、作業者の方々は再び搬出に訪れ、10キロの荷物でへばっていた私をひょいひょいと追い抜いていった。

この出会いは、同行した友と私にとって、屋久島最大の思い出となった。登山者の多くは、自分のし尿が人の背中に乗って下山している現実を知らないだろう。せめて登山者が作業者の方々に道を自然と譲れるように、おそろいのユニホームを寄付したいと思った。

(東大医科学研究所准教授)

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信濃毎日新聞コラム(3)医薬品開発 日本の役割は(武藤)

2010/08/02

「サイエンスの小径」(2010年8月2日信濃毎日新聞掲載)
▽医薬品開発 日本の役割は▽武藤香織


近年、新薬や新しい治療法を開発するための臨床試験を国際的に共同で実施する傾向が強まっている。その理由は、共同で臨床試験をすれば、各国での新薬の販売開始時期がそろうことになり、同じ病気の患者なのに国によって薬が入手できないという問題の解消につながるからだ。また、ある国が単独で臨床試験をするよりも、遺伝的な背景が似た人々が住む周辺国の間で協力し合えば、各国で必要な被験者数を少なくすることができるので、臨床試験にかかる時間の短縮も期待される。実際に国際共同臨床試験の数は、韓国が871件、台湾が772件、日本が708件で、東アジアでは韓国と台湾が熱心なこともわかる。

だが、臨床試験で最も大切なのは、被験者に負担が少ない形で科学的に有益なデータを得ることである。そのためには、研究計画が科学的にしっかりしているかどうか、倫理的に問題がないかどうかを審査する態勢が重要になってくる。臨床試験の計画を審査する制度は、これまで先進国を中心に整備され、日本でも1990年代から整えられてきた。はたして東アジアではどうなのか。それを調べるために、韓国と台湾へ出張してきた。

結論からいえば、韓国も台湾もこの数年間で急速に制度を整えたことがわかった。そして、どちらも世界の医薬品開発の中心であるアメリカの制度をそっくり輸入したと言ってもいい。組織の呼び方、会議の運営の仕方まで、アメリカ式だった。韓国も台湾も、明確な戦略として、国際共同臨床試験へ積極的に被験者を出して貢献し、少しでも安く医薬品を供給する道筋をつくろうと考えている。

私の中でどこかうっすらと期待していた、日本の存在感は全然なかった。だが、韓国でも台湾でも、「何をするにせよ、日本はアジアの中でお手本です。我々は、まずアメリカと日本がどうなっているかを調べて、いいところだけを取っているんです」と声をかけられた。唖然とする私に気を使ってくれたのだろう。

夏、日本の多くの人たちが第二次世界大戦の傷跡と向き合って過ごすことだろう。私もその一人であり、日本がかつて植民地支配していた韓国と台湾のさらなる発展と平和をあらためて願っている。それと同時にこの夏は、グローバルな医薬品開発における日本の果たすべき役割を見つめなおしているところだ。

(東大医学研究所准教授)

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信濃毎日新聞コラム(2)臓器提供者の保護を(武藤)

2010/06/21

「サイエンスの小径」(2010年6月21日信濃毎日新聞掲載)
▽臓器提供者の保護を▽武藤香織


今年5月に開かれた世界保健機関(WHO)の総会で、「人の細胞、組織、臓器移植に関する指導指針」が採択された。この指針には、患者ではない、健康な人の体にメスを入れ、その臓器の一部を取り去って、患者に移植する行為、つまり生体臓器移植に適用される原則がいくつか盛り込まれている。たとえば、臓器提供者の選定は、監視の上、慎重に検討すること、臓器提供に伴う危険、利益など全ての情報を与えられたうえで、自発的な提供の意思確認をすること、未成年者は臓器提供者になってはいけないこと、臓器提供後の長期的なケア体制を確立することなどである。

日本は、生体臓器移植に依存しているため、この指針の考え方が及ぼす影響は大きい。1970年代から始まった腎臓移植は、年間1000件前後の実施があり、増加傾向にあるが、生きている提供者に頼っている割合、つまり生体依存率は、82.5%(2008年)である。また、年間400件以上実施されている肝臓移植も、生体依存率は平均して95%を超えている。要するに、腎臓移植も肝臓移植も、生きている提供者がいなければ、日本では成り立たない状況にあるのだ。

幸いなことに、臓器移植医療に対する社会的な信頼を獲得したいという移植医たちの思いもあり、今回WHOの指針に盛り込まれた内容の多くは、日本移植学会や厚生労働省のガイドラインをもとに、自主的に守られてきたと言ってよい。

だが、日本の肝臓移植に大きく貢献してきた、生きている臓器提供者の基本的な保護のあり方については、臓器移植法のなかに全く記載がない。昨年、同法が改正されたときにも、15歳未満の脳死判定された子どもからの臓器提供や、脳死後の臓器提供先として親族を優先する意思表示ができることなど、脳死臓器移植を推進するための改正に追われてしまった。

私は2005年に、日本で肝臓を提供してきた人たちに調査をする機会があった。家族が一丸となって患者(被提供者)を救えた喜びを味わった人。患者であった家族が提供後に亡くなり、親族内での居場所を失ってしまった人。術後の痛みや合併症が予想外に大変だった人。臓器提供のための長期入院で失業してしまった人。たくさんの肝臓提供体験を聞くことができた。その背景には、詳しい検査の結果、肝臓提供を断念せざるを得なかった人、肝臓提供を拒否して苦しんだ人もいただろう。臓器移植にかかわることになった人たちに敬意を払い、大切にする社会になってほしいと願う。

(東大医科学研究所准教授)

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学際情報学府「学環・学府めぐり」(6月12日)出展について【訂正】

2010/06/05

平成23年度学際情報学府修士課程の募集要項の配布が始まりました。6月12日(土)には、入試説明会が予定されていますが、残念ながら、武藤は海外出張のため、「学環・学府めぐり」には出展できません。学際情報学府への進学にご関心のある方は、お気軽にご連絡下さい。

→出張がとりやめとなりましたので、出展できることになりました!(6月10日訂正)

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信濃毎日新聞コラム(1)研究者と被験者を結ぶ(武藤)

2010/05/10

2010年4月より、信濃毎日新聞の「サイエンスの小径」というコラムの執筆を担当させていただくことになりました。担当編集者の方の許可を得て、こちらに転載します。

「サイエンスの小径」(2010年5月10日信濃毎日新聞掲載)
▽研究者と被験者を結ぶ▽武藤香織


「公共政策研究」という分野に携わる私の主たる仕事は、生物学や医学の研究者からの相談に乗ることである。「研究に協力してもらう被験者に迷惑をかけない研究計画」や「インフォームド・コンセント(説明と同意)」といった事柄についての相談が多い。最近は、与党による事業仕分けで「世界で一番になる意味」を真正面から問われた影響もあってか、「世の中に研究成果をわかりやすく伝える方法」もよく聞かれる。

日本の科学研究費の大半は税金なので、世の中に対する説明責任を果たすのは当然である。だが、夏には研究の進捗状況を詰問され、冬になれば来年度の予算編成で研究費が減額されないかとやきもきしていて、研究者の疲労の色も濃い。とはいえ、研究者の多くは非常に真剣だ。医薬品は、外国の製薬企業に特許を取られると、その特許料で値段が跳ね上がる。だから、研究成果が日本の企業によって実用化され、日本の人々に届くことを願ってもいる。

先日、松本に住む友人が興奮した様子で連絡をしてきた。その友人が見つけたのは、脂肪燃焼や血糖値低下を促すホルモンの研究成果に関する記事。「高齢やけが、足腰の病気などで運動できない人向けの薬の開発につながる可能性」が示唆されたというマウスでの実験結果のことだった。友人は、手足に不自由があるものの、電動車椅子で日々活動している。しかし、運動量はどうしても少なく、脂肪の代謝に苦労しているそうだ。まだ基礎研究段階でも、人への応用可能性があるとすれば、期待が膨らむのはもっともだ。

研究成果を待ち望む人からの応援の手紙やメールは、研究者を勇気づける。ただ、医学研究の場合、ほとんどが「早く治療法を見つけて」という要望なので、実用化までの長い道程を考えると、研究者も返事に窮する。しかし、彼女はその研究者に「もし人で試すときには、自分を使ってほしい」とメールを送った。動物で試していたものを人間に試すとき、研究者は一番緊張するし、頼みにくい。そこに名乗りを上げた彼女のセンスに感服した。即座に届いた返事には「心に沁みた。一日も早くお役に立てるよう、研究を進める原動力を頂いた」とあった。

自分のためではなく、将来の人のため。研究者と被験者を結ぶのは、この理念だ。両者が納得したうえでこの研究開発のプロセスに臨めるように、陰からサポートしていきたいと思っている。

(東大医科学研究所准教授)

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新領域創成科学研究科大学院入試とオープン・ラボ

2010/04/19

【メディカルゲノム専攻入試説明会日程】
H22年5月8日(土)10:00-17:00
浅野キャンパス武田先端知ビル5F武田ホール
今年の8月に行われる入試日程については、こちらをご覧下さい。

【オープン・ラボ】
(新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻・学際情報学府)
H22年5月9日(日)13:00-18:00 当研究室でご相談をうかがいます。
H22年6月5日(土)13:00-18:00 当研究室でご相談をうかがいます。
あらかじめ予約の連絡をしていただいた方から優先に、スタッフが個別にお話をうかがいます。
なお、昨年と同様(そして、これからも)ここは実験設備はないので、施設見学としては余り有意義でないかと思います。(雰囲気は「事務所」です)
訪問ご希望の方は、 までご連絡ください。
また、当日のご連絡は、ヒトゲノム解析センターの入口にある内線電話で 72079 を押してください。

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新しい仲間を迎えました

2010/04/05

4月1日付けで、井上悠輔助教が着任しました。
また、新領域創成科学研究科の大学院生(D1)として荒内貴子さん、学際情報学府の外国人研究生として趙斌さんが仲間に加わって、小さな研究室も賑やかになってきました。
みなさん、どうぞ宜しくお願いします。

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企画展『boundary face⇔界面空間』イベント報告(渡部)

2010/03/08

3月6日(土)、企画展『boundary face ⇔ 界面空間』の関連トークイベントが開催されました。雨の中、午前午後共に定員以上のお客様に足をお運び頂きました。

午前中(11時~12時)のアーティストトークでは、アーティストの岩崎秀雄さんと井上恵美子さんが、それぞれの作品について解説して下さいました。
岩崎秀雄さんの作品Metamorphorest Vは、様々な界面がせめぎ合う、私たちの生きる世界を表現しています。シアノバクテリアを使ったgreen human、切り絵、映像、フラスコには、どれも、岩崎さん独自の技術と視点が生かされていることを教えて頂きました。特に岩崎さんの真骨頂である切り絵は、一枚一ヶ月が費やされる、緻密な即興作品です。「好きなものを集めた」とのことですが、自分自身の内面を追求し表現されるものが、結果的に世界を表現する点にアートの面白さがあるように思います。
雨で室内が薄暗かったので、天井にゆらめく影を鑑賞することができたのも幸運でした。岩崎さんの作品は、日が陰るにつれ、美しくなっていきます。

一方、井上恵美子さんの作品painting with…は、人の皮膚上にある常在菌を集め、言わば絵の具として用いた作品です。結果的には世界地図が描かれますが、作品は、友人知人にほっぺたから常在菌をもらえないか聞いて、拒否されたり、許可されたりするところから既にはじまっています。実は、この点は展示後に井上さんから教えて頂いたのですが、偶然にも公共政策研究分野で日頃考えている、「ヒト試料の利用における倫理的課題」というような問題ともつながる作品を展示していただけたのだと知り、とても嬉しかったです。

お二人の作品、特に井上さんの作品は、普段実験室でも用いる材料や手法を使って制作されるバイオメディアアートと呼ばれる分野に含まれます。岩崎さんは、自身の研究室にアーティストを招き、この分野の発展に尽力されています。
研究室におけるアーティストは、サイエンスが取りこぼしたり、避けたりする事柄を拾い上げ、意味を見出す存在として意義があると岩崎さんは言います。井上さんが材料とした「常在菌」も、それを専門にする研究室でなければ(岩崎さんの研究室でも!)研究者からは忌み嫌われる存在です。また、たとえば「死」は人間にとって重要な問題ですが、サイエンスが苦手とする分野の1つです。
同時に、アーティストは昔から生物を利用することに関心を持ってきましたが、そうしたアーティストがサイエンティストと共に活動をすることで、たとえば生物試料の取扱いなどについて、サイエンティストが構築し守ってきた倫理観を共有することができると言います。

バイオメディアアートはまた、未来の社会のあり方を描き人々に提示するという社会的な機能を果たし得ます。アートを通して、サイエンスの倫理を考える。そんな会が今後あちこちで開かれるかもしれません。

午後(14時から16時)のサイ・アート・カフェでは、岩崎秀雄さんに、生物時計の科学的研究、文化誌的研究、そしてアート活動という幅広い領域に渡るご自身の活動についてお話頂きました。岩崎さんは、名古屋大学在籍中に、生物時計を試験管内で再現することに世界ではじめて成功し、生物時計の科学的研究に重要な貢献を果たしました。しかし、かつては科学者になるか科学史家になるか悩んだこともあったとのこと。その中で、12世紀ヨーロッパで誕生した「時計」という概念なしには成立しなかった「生物時計」という分野に関心を持って研究者になるに至ったのだそうです。人の創るものをアートと呼ぶならば、岩崎さんは、アートとサイエンスの間、関係性に興味の原点を持ったサイエンティストと言えそうです。

研究者の卵からは、「自分は実験だけで手一杯なのですが、岩崎さんのように幅広い活動をするにはどうすればよいですか?」という、きっと多くの人が思う質問がありました。岩崎さん曰く、「子どもの頃から切り絵を続けてきたけれど、学生の頃は、どんなに実験で疲れていてもたとえば2時間は切り絵の時間にしようとしていました。それなりに努力も必要です。後は、バランスですね。」
疲れていると睡眠を最優先してしまう私には胸に刺さる一言でした。けれどやはり何事も最後は努力なのですね。

午前午後共に、面白いお話の中身は、またの機会にきちんとご報告できればと思います。

岩崎さん井上さん、そしてお越し頂いた皆様、本当にありがとうございました。
そして、近代医科学記念館の木下さん鈴木さんにもこの場を借りてお礼申し上げます。

企画展『boundary face ⇔ 界面空間』は、今月18日まで開催中です。
皆様ぜひ何度でも足をお運び下さいませ。

(文責:渡部、写真:五嶋)

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