第5回(2011年12月02日)
本日は、以下の文献が紹介されました。
武藤:
Aaron Panofsky “Generating sociability to drive science: Patient advocacy organizations and genetics research”
Published online before print November 18, 2010, doi: 10.1177/0306312710385852
『Social Studies of Science』
井上:
Knoppers B.M.,Chadwich R. Human genetic research: emerging trends in ethics.
Nature Review Genetics.6:75-79.2005
Meslin,E.M.,Cho M.K. Research ethics in the era of personalized medicine: updating science's contract with society.
Public Health Genomics.13:378-384.2010.
Gottweis H.,Gaskell G.,Starkbaum J.Connecting the public with biobank research: reciprocity matters.
Nature Review Genetics.12:738-739.2011.
Saha K.,Hurlbut J.B. Treat donors as partners in biobank research.
Nature.478:312-313.2011
神里:
青山善充 「司法修習生の給費性の是非―法曹志望者支援の在り方」
ジュリスト1416号 2011.2.15
洪:
「臨床研究コーディネーター(Clinical Research Coordinator: CRC)」
横山錬蔵、深澤由美、佐藤裕史
『医療と検査機器・試薬』Vol.34.No.3,pp.293-300,宇宙堂八木書店
張:
宮坂道夫:ALS医療についての倫理的検討の試み
『医学哲学倫理』22,59-68,2004
佐藤:
日本における科学技術リテラシーに関する研究の動向―教育分野を中心として―
長崎栄三、阿部好貴、斎藤萌木、勝呂創太
『国立教育政策研究所紀要』第136集:189-205
◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年11月28日掲載)
▽「バイオバンク」幅広い議論を▽武藤香織
病院で、検査のために採取した血液や尿の残り、あるいは手術で切除した患部などを、廃棄せずに、将来の医学研究のために使わせてほしいと頼まれた経験はないだろうか。近年、こうした研究の営みについて、提供者に詳しく説明することが求められている。たとえば、東京にある国立がん研究センターでは、新たに説明員を置いて患者に依頼したところ、90%以上の患者から同意が得られたという。
だが一方で、提供した生体試料の行方についてはどうだろう。ホームページなどで公表している研究機関もあるが、一般には知られていないのではないだろうか。
患者が提供した試料は、その病院の医師たちが中心になって研究に用いることが多い。専門的な解析をするために、共同研究先の研究機関や企業に試料を送る場合もある。
また、そのほかに、「バイオバンク」と呼ばれる機関に収められることがある。バイオバンクとは、生体試料をさまざまな研究に活用できるように保管し、研究者や企業に提供する機関の総称だ。試料を使いたい人に対して、一定の審査を経て、提供することが多い。
バイオバンクは1990年代から世界各国で構築されはじめ、日本にもある。たとえば、さまざまな病気の細胞から作ったiPS細胞(人工多能性幹細胞)を収集するバンクが設けられた。また、脳に関する病気を解明するために、死後の脳を収集するバンクもある。多様な研究に対応するには、多様な試料を収集することが必要になる。
アメリカでは60年代から、研究のための試料収集に関して、患者団体と研究者が話し合い、協力してルールを決めてきた歴史がある。90年代以降は、患者団体がバイオバンクを運営する取り組みも始まり、患者と研究者の関係は、徐々に対等な関係になってきた。だが、日本ではまだバイオバンクの存在自体があまり知られていない。
今般、国会で成立した第3次補正予算で、新たに「東北メディカル・メガバンク」が構築されることになった。最先端の研究や診療を実施する拠点として、震災被災者から試料やデータも収集するというが、被災地の人たちがその意義を認め、現地の医療態勢の立て直しと充実に寄与するバンクとすることができるかどうかが大きな課題だ。今後、バイオバンクをめぐって、幅広く活発な議論が起こることを願いたい。
(東大医科学研究所准教授)
修士一年の佐藤未来子です。
11月10~12日の3日間、幕張メッセで開催された人類遺伝学会に参加してきました。1日目は、当研究室に入学して初めての学会発表(ポスター)でした。18~19時の1時間、自分の研究に対しての自信と不安の両方を抱え、非常に緊張して手に汗を握りながらポスターの前に立っておりました。
自分の目標でもある研究者等の方々が足を止めてポスターを読んで下さり、そして沢山のご示唆を下さり、緊張したものの、多くの収穫があった1日でした。現在、頂いたご示唆をもとに既に再検討を始めております。
4~5月にかけて研究テーマを考え、7月に演題登録のための要旨を提出し、それから何回も何回も脇道に逸れては軌道修正しを繰り返した末の、なんとか完成したポスターでした。指導教員の先生方には本当に沢山時間を割いていただき、ご迷惑をおかけしてしまいました。本当にありがとうございました。
第4回(2011年11月4日)
本日は、以下の文献が紹介されました。
井上:
地震で訴えられた研究者
Hall SS Scientists on trial:At fault? Nature.2011;477:264-269
地震学 防災と隔たり
『朝日新聞』小坪遊、瀬川茂子 2011.10.20
神里:
The academy of medical sciences.Animal containing human material
イギリス医学アカデミー報告書「ヒトの物質を含有する動物」2011.7
張:
土屋葉 障害者自立生活運動と「脱家族」―「愛情」による「囲い込み」を問う
(金井淑子『ファミリー・トラブル―近代家族/ジェンダーのゆくえ』2006明石書店)
第3回(2011年10月21日)
本日は、以下の文献が紹介されました。
井上:
The limits of disclosure :what research subjects want to know about investigator financial interests.
Christine Grady,Elizabeth Horstmann,Jeffrey S.Sussman, Sara Chandros Hull.Journal of law,medicine ðics. 2006;34(3):592-599
神里:
What constitutional protection for freedom of scientific research?
Amedeo Santosuosso,Valentina Sellaroli,Elisabetta Fabio. J Med Ethics 2007;33:342-344
Scientific freedom
Simona Giordano,Marco Cappato J Med Ethics 2007;33:311-312
洪:
遺伝子検査と遺伝子治療に関する争点と社会的受容
Issues of genetic test,gene therapy and national survey
李 仁栄(イ・インヨン)
『翰林法学EORUM』第16巻、2005
張:
東アジアにおけるケアの「家族化政策」と外国人家事労働者
安里和晃
『福祉社会学研究』2009;No.6:10-25
荒内:
遺伝子医療革命 ゲノム医学がわたしたちを変える
The language of life, DNA and the revolution in personalized medicine
フランシス・F・コリンズ著 矢野真千子訳 NHK出版
バイオバンクとは、一般の方々や患者の皆さん、ご家族から提供された生体試料を保管する倉庫のことです。日本だけでなく、世界中の様々な研究機関で、DNA、血清、細胞、組織など、様々な生体試料が収集されており、それらは様々な医学研究に生かされてきています。しかし、バイオバンクに関する日本での知名度は、十分とはいえません。
アメリカでは、こうした生体試料の収集に、患者団体と医学研究者が話し合い、協力し合ってきた歴史があり、患者団体自身がバイオバンクを運営する取り組みも始まっています。
そこで、このシンポジウムでは、アメリカの患者団体の方々をお招きし、患者のみなさんが医学研究やバイオバンクについて知り、関わっていく意義やその難しさについてお聞きします。
日本語・英語通訳をご用意し、質問の機会も設けております。このシンポジウムをきっかけに、日本の患者のみなさんにとっても、医学研究やバイオバンクが身近な存在となっていくきっかけになればと願っております。ぜひお気軽にご参加ください。
日程: | 2011年(平成23年)11月13日(日)13時30分~16時30分 |
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場所: | 東京大学医科学研究所 1号館 講堂(港区白金台4-6-1) 地下鉄南北線・三田線「白金台」駅2番出口より、徒歩5分 |
入場: | 無料 |
事前申込み: | 配布資料準備の関係で、できるだけ事前申し込みをお願いしております。お名前とご連絡先をご記入のうえ、 または、FAX 03-6409-2080 でお申し込みください。 |
主催: | 文部科学省「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」 |
共催: | 厚生労働省「希少性難治性疾患患者に関する医療の向上及び患者支援のあり方に関する研究班」 |
後援: | 立命館大学生存学研究センター/立命館大学グローバルCOE「生存学」創成拠点 |
タイムテーブル(予定):
13:30 | 開会あいさつ 武藤香織(東京大学医科学研究所准教授) |
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13:40 | 講演 アリス・ウェクスラー氏(米国・遺伝病財団・理事) |
14:25 | 講演 シャロン・テリー氏(米国・ジェネティック・アライアンス代表) |
15:05 | 休憩 |
15:20 | パネルディスカッション 進行:松原洋子氏(立命館大学生存学研究センター教授) 指定発言:増井徹氏(難病研究資源バンク、独立行政法人医薬基盤研究所室長)他 |
16:30 | 閉会(予定) |
【講演者ご紹介】
アリス・ウェクスラーさん(遺伝病財団理事)
ハンチントン病の母をもつ歴史学者。カリフォルニア大学ロサンジェルス校女性学研究センター研究員。母親の診断後、父や妹とともに、ハンチントン病の原因を見つけるため、研究者探しに奔走し、研究用の寄付金を集めてきた。1979年から20年間にわたり、ベネズエラにあったハンチントン病の大家系を一軒ずつまわり、4000名から血液提供を受けていったことが知られている。これらの血液は、ハンチントン病の遺伝子の発見に大きく貢献し、医学研究に深くかかわるアメリカの患者・家族のモデルとなった。1986年、一家はハンチントン病の研究を応援するため、「遺伝病財団(Hereditary Diseases Foundation)」を創設し、現在も研究者を応援している。代表作に、ハンチントン病のリスクをもった娘としての葛藤を描いた『ウェクスラー家の選択』(新潮社、額賀淑郎・武藤香織共訳)がある。
シャロン・テリーさん(ジェネティック・アライアンス代表)
1994年、2人の子どもが弾力繊維性仮性黄色腫(PXE)と診断され、夫のパトリックとともに、その研究を応援する組織である、「PXE インターナショナル(PXE International)」を創設。倫理的な医学研究の実施とその戦略作りに加え、同じ病気に苦しむ患者・家族と一般社会のための支援や情報提供に尽力した。PXEに関連する遺伝子を発見した科学者と特許を共同管理し、すべての権利は「PXE インターナショナル」に帰属するようにした。また、33の基礎研究プロジェクトにも関与している。夫のパトリックは、先天性疾患や遺伝性疾患の患者・家族の生体試料を研究用・産業応用に活用するため、収集・保管・配布する「ジェネティック・アライアンス・バイオバンク」を他の患者団体と一緒に立ち上げ、運営している。メリーランド州在住。
◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年10月17日掲載)
▽難病の説明 当事者自ら▽武藤香織
ハンチントン病という病気がある。国指定の難病として、2009年度末現在で796名の患者が登録されており、専門家の間では、予防法や根本的な治療法がない遺伝性神経難病として知られている。この病気の患者・家族の会が生まれて、今年で10年になる。大学院生のときに出会った人たちとの縁で、私も会の設立と運営のお手伝いをしてきた。
この会ができる前は、患者や家族が安心して手に取れる、病気や療養の解説書がなかった。保健所には、平成の世になっても、「愛情があれば結婚してもよいが、子どもをつくらずに病気をなくす努力が必要です」という〝助言〟の書かれた資料が置かれていた。また、「ハンチントン」をインターネットで検索しても、深刻な症状や死の恐怖を煽るような記述が多く、とても当事者の生きる意欲につながるものではなかった。
そこで、患者・家族の会が最初に取り組んだのは、病気や療養に関する解説書づくりだった。イギリスやカナダで1970年代に発足した患者・家族の会の刊行物を参考に、当事者が「こんなふうに説明してほしかった」と思える解説書ができて、友達や交際相手、職場の理解を得たいときに使われているそうだ。会の集まりでは、リラックスした表情の人たちに出会える。
他方、この10年間、当事者の知らないところで、この病気を題材にした推理小説や恋愛小説、4コマ漫画などが生まれた。悪意のない表現ではあっても、病気がエンターテインメントの材料になることに複雑な思いを抱く患者、家族も少なくない。さまざまな表現とのつきあいはまだ続く。
最近、設立10周年の記念集会があり、この病気に関心を寄せる科学者や専門医、訪問診療医が講演して、参加者と意見交換を行った。以前は、専門家が同席することに強い異論が出た時期もあった。だが、解説書づくりを通して、病気の説明の仕方を、専門家任せにせず当事者自ら考えたことが、専門家と一緒に将来を考える機運につながったのかもしれない。そう考えると感慨深かった。
患者数が少なく、実態が把握されていない希少難病は6000~7000種類もあるといわれている。患者のなかには同病の他者を知らない人もたくさんいるようだ。その人たちが安心して誰かとつながり、病気について自分たちにふさわしい表現を広めていけることを願う。
(東大医科学研究所准教授)(了)
「ヒトと動物のキメラを作成する研究はどこまで認められるか?-再議論に向けた検討課題の提示-」が生命倫理学会誌『生命倫理』Vol.21, No.1に掲載されました。
平成22年7月、ヒトiPS細胞を動物の胚盤胞に注入して動物性集合胚を作成する研究に関する届出が文部科学大臣になされ、これを契機に現行の「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」および「特定胚の取扱いに関する指針」に基づく動物性集合胚研究の規制について見直しの必要性が認識され始めています。拙稿では、複雑化しているヒトと動物のキメラに関する概念整理からはじめ、日本における現在の規制とその問題点、および、ヒトと動物のキメラ胚研究の規制のあり方について再議論を行う上での検討課題を考察しております。是非お読みいただければと思います!
第2回(2011年10月7日)
本日は、以下の文献が紹介されました。
武藤:
「薬剤経済学」の課題(上)
コーディネーター:中村洋 講師:福田敬 池田俊也
『社会保険旬報』No.2473、2011.10.1 pp12-18
井上:
Biobanking and deceased persons
Anne Marie Tassé. Hum Genet. 2011 Sep;130(3):415-23.
神里:
Biomedical Scientists' Perceptions of Ethical and Social Implications: Is There a Role for Research Ethics Consultation?
Jennifer B. McCormick, Angie M. Boyce, Mildred K. Cho. Soc Sci Med. 2008 Jun;66(12):2520-31.
洪:
パブリック・バイオバンクに関する市民の認識特性の研究
ジョ・ソンキョム、ジョ・ウンヒ、パク・ソンチョル
『生命倫理』(韓国生命倫理学会誌)第11巻 第1号、2010年6月、pp1-14
張:
バイオバンクに関する意識調査~Taiwan Genomic Surveyの事例
中央研究所 人文社会科学研究センター
荒内:
Personal genome sequencing: current approaches and challenges
Michael Snyder, Jiang Du and Mark Gerstein. Genes & Dev. 2010. 24: 423-431
修士一年の佐藤未来子です。
今日は、記念すべき当研究室の「ジャーナル・クラブ」第1回目が開催されました。これまでも、研究倫理研究会や公共政策セミナーは月1回のペースで、院生読書セミナーは週1回のペースで行われていましたが、9月からは月2回のペースで「ジャーナル・クラブ」が始まることになりました。
発案者は当研究室の神里先生で、基本的なルールは、公共政策研究分野の参加できるメンバーが、自分の興味のある論文(英語でも日本語でも可)と内容をA4用紙1枚文でまとめたレジュメを持ち寄り、1人5分程度で紹介しあうというものです。発表の後は自由に質疑応答・ディスカッションをする時間もあります。
第1回目の本日は、武藤先生、井上先生、神里先生、洪先生、張さんが発表されました。今回私は残念ながら発表できませんでしたが、皆さんのジャーナル発表やディスカッションを聞いて勉強させて頂きました。
今後は、せっかく神里先生がセッティングして下さった良い勉強の機会なので、出来るだけ多く論文を読み、出来るだけ多く発表し(また皆さんの発表後のディスカッションにも積極的に参加し)、発表やディスカッションの腕を磨いていきたいと思います。
第1回(2011年9月16日)
本日は、以下の文献が紹介されました。
武藤:
Searching for a way to live to the end: decision-making process in patients considering participation in cancer phase I clinical trials.
Kohara I, Inoue T. Oncology Nursing Forum. Volume 37, Number 2 / March 2010
井上:
Ethics: Investigators' interests: what should trial participants be told?
Romain PL. Nature Reviews Rheumatology 6, 70-71 (February 2010)
神里:
The bioethics of stem cell research and therapy
Insoo Hyun. J Clin Invest. 2010 Jan;120(1):71-5.
洪:
Ethics takes time, but not that long
Mats G Hansson, Ulrik Kihlbom, Torsten Tuvemo, Leif A Olsen and Alina Rodriguez. BMC Medical Ethics 2007, 8:6
張:
「一人っ子政策」下の農村―中国
何燕侠、譚娟『アジア遊学』No.119、2009年2月
これまで遺伝子検査といえば、主に疾患の診断や何らかの疾患へのかかりやすさなどを検討するためのものであり、医師の処方のもとに医療施設で実施されるものでした。しかし近年、こうした従来の医療の枠外で、「疾患の予防や治療」を謳った遺伝子検査サービスが登場するようになりました。このように医師の処方を介さずに商業ベースで展開される遺伝子検査を「DTC(Direct To Consumer)遺伝子検査」といいます。疾患に関連する検査を医療施設外で展開しようとすることから、こうしたDTC遺伝子検査サービスはどのような基準を満たすべきか、あるいはそもそもこうした検査が許されるべきであるかどうかをめぐって、近年議論が活発になっています。
これとは別に、最近では「医療以外の目的でのDTC遺伝子検査」についても耳目に触れる機会も多くなりました。たとえば、雑誌やホームページ、テレビ番組などで「子どもの才能や適性を判定できる」ことを謳った遺伝子検査の情報や広告をご覧になったことがある方もおられるでしょう。こうした非医療目的でのDTC遺伝子検査にはどのような特徴があり、またどのようにこうした活動を位置づけていくべきかについては、日本のみならず、国際的にも十分な検討がなされてきませんでした。
こうした背景を受けて、今回我々は、非医療目的でのDTC遺伝子検査について、特にこれらが子どもの将来性に関する目的で提供されることが多いことを踏まえて、検討すべき主たる3つの観点を提案しました。すなわち「教育や適性の検討への遺伝的形質の利用を助長する活動をどう考えるべきか」「“子どもの最善の利益”にもとづく親の判断と遺伝的形質との関係」「検証されない科学的知見が市販化に利用されること」です。
もとより、こうした身体能力や知能に関する遺伝子研究の知見にはまだまだ限界があり、これらの遺伝子検査の妥当性や精度はまだ「検査」といえる段階にないものがほとんどです。しかし、こうした身体能力や知能と遺伝的形質との関連を探る研究活動は広く展開されており、一定の知見を蓄積しつつあることも事実です。そして何よりも、精度や妥当性に関する問題とは別に、この種の解析の本質として、上記のような複合する検討課題があると我々は考えています。
こうしたサービスの展開に対して新たなルールが必要でしょうか。この問いには賛否両論あることが予想されますが、専門家のフォローアップや監督を経ない形での遺伝子検査ビジネスの展開が許されるべきかどうかや、「社会の懸念がある」ことをもってこの種のビジネスの規制が正当化されうるかどうかについて、上記のような論点を踏まえて検討すべき余地があるでしょう。またこのテーマは、規制対応のあり方をめぐる問題意識の次元を越え、科学活動と社会、市民の生活との関係性の中での、「遺伝子」「遺伝学研究」に関する心象や意識の形成の解明にも発展しうるテーマであるとも考えられます。今回の報告を嚆矢として引き続き検討して参ります。
Inoue, Y and Muto, K.
Children and the Genetic Identification of Talent
Print:Hastings Center Report, Vol 41, No 5 (September-October 2011), in press.
Online:http://www.thehastingscenter.org/Publications/HCR/Detail.aspx?id=5498
◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年9月5日掲載)
▽被災地で科学を語り合う▽武藤香織
先日、大学院生と宮城県の南三陸町を訪れ、仮設住宅の隣でサイエンス・カフェを開いた。サイエンス・カフェとは、喫茶店のような気楽な雰囲気の中で科学を知り、語り合う場のこと。ヨーロッパを起源とする。今回は、家庭にあるものを利用して、オレンジやバナナ、人の唾液からDNAを取り出す実験をした。伝えたいのは、果物にも人間にも、生き物にはみんなDNAがあるんだよ、というシンプルなメッセージである。
現地で被災者の生活支援にあたっている慶応大学のボランティアが、仮設住宅全戸をまわってチラシを配ってくれた。お礼を言うと、「チラシ配りをきっかけに、居住者とお話しができるので、こちらもありがたい」とのこと。ボランティアの力を借りた新たな地域づくりは、始まったばかりなのだ。
当日、「DNAってテレビで聞いたことあるよ」「ほかにやることもないから」と言いながら、高齢の男性が2人やってきた。小学校高学年の女の子は、低学年の子どもたちも連れてきてくれた。だが、リーダー格の男の子が「実験なんかやらない!」とゲームに興じ始めると、他の子どもたちもゲーム機を抱えて座り込んでしまった。ボランティアの学生が「こうなると、1時間は動かないんです」とつぶやく。でも、女の子は実験に参加してくれた。
料理教室のような雰囲気のなか、大学院生が、果肉をすりつぶし、台所用洗剤や無水アルコール、アイスクリームの空容器などを使って実験を進める。アイスクリームの容器のなかに、DNAが白くふわふわした糸状になって現れると、じっと見つめていた参加者たちから小さな歓声が上がった。
「じゃあ、ドライマンゴーはどうかな?」「干し梅でやったら?」と提案が出る。試してみると、一番きれいにDNAが抽出できたのは干し梅だった。「それなら、ビーフジャーキーは?」「干したもののほうがきれいに取れるのは、なんでだろう?」という疑問がわいたところで時間切れとなった。
ボランティアへのニーズは、瓦礫撤去などの肉体労働から地域での生活支援に移行している。子どもの学習支援以外に私たちに何ができるだろうかと考えあぐねる状況にもなってきたが、住民とボランティアが直接向き合って語り合うには、横に科学を置いて一緒に眺めるというのも、お互いに気楽でいいかもしれない。次は、地域のお祭りに参加して、出店の横でサイエンス・カフェをやってみたい。
(東大医科学研究所准教授)(了)
2006年に韓国で生じたES細胞論文捏造事件で、自発的卵子提供をしたドナーのその動機に着目し、「利他的な行為」に見え隠れする文化的諸要素や倫理的諸問題について分析しました。
Reconsidering ethical issues about “voluntary egg donors” in Hwang's case in global context
Azumi Tsuge & Hyunsoo Hong
New Genetics and Society. Volume 30, Issue 3,
2011pages 241-252
Available online: 25 Aug 2011
【Abstract】
In the scandal around Korean stem cell scientist Woo-Suk Hwang, the inappropriate collection of human eggs as research material, fabricated data on ES cells obtained through somatic cell nuclear transfer, and fraudulent fundraising were condemned as legal and ethical transgressions. Among the criticisms, the donation of eggs by many women became a big issue. Some of the women were motivated by financial compensation or in-kind support, while others decided to donate their eggs without payment, being convinced that the research would bring therapy for thus far incurable patients, a promise unfulfilled. Regardless of the multiple reports published to articulate why the Hwang scandal happened in South Korea, we realized during our ethnographical fieldwork in that country that it would be meaningful to consider the ethical issues in a global context. In this paper, we focus on the motivations of the South Korean women who donated their eggs voluntarily as research materials, and aim to understand it in a more general context. We point out that not only their love of family but also other altruistic motivations for donating eggs are affected by the attitudes revealed in their narratives. Finally, we argue that there is a serious bioethical issue when a social environment of sick or disabled people makes women decide to help these individuals by donating eggs.
修士一年の佐藤未来子です。
8月20~21日、院生2人を含めた研究室の関係者5人で、南三陸町を訪問しました。目的は、①被災地をしっかり視てくること、②被災地で1日限りの「サイエンス・カフェ(気楽な雰囲気で科学を語り合う場)」を提供してくること、でした。
通常、被災地ボランティアと言えば1週間以上の長期滞在のものが多く、中には仕事を辞めてボランティアしている人もいると聞きます。したがってお話を頂いた直後は、正直、被災地をただ「視」に行くことも、1日限りのイベントの提供も、その意義を自分なりに見出すことは大変難しいことでした。「やるならば長期間、学習支援ボランティアのようにやるべきではないか」という気持ちが最後まで強かったのですが、当日は「1日限り」の意義を少しでも見出して帰ってこよう、と気持ちを切り替えて被災地に入りました。
サイエンス・カフェでは、家庭にあるもの(洗剤、塩、エタノールなど)を使って果物等からDNAを抽出する実験を行いました。被災地の方2人・現地の学生ボランティアさん数人が参加して下さり、実験も楽しく、とても良い雰囲気で終わりました。確かに実施して良かったな、という気持ちはありましたが、やはり最初の気持ちが変わるほどではありませんでした。
2日後の本日、研究室のメンバーで「振り返りの会」を実施しました。この会では、まず私たちがイベントを実施させてもらう許可を頂くまでの経緯や、その地域のライフラインの復旧状況などが武藤先生によって報告され、その後、訪問したメンバーによる現地での実施報告や感想が報告されました。
訪問したメンバーの感想を聞き、皆もやはり自分と同じような気持ちを抱えて被災地入りしていたことを知りました。一方その気持ちを理解しつつ、また違った視点でものを見ていた武藤先生の考えは、非常に印象に残りました。それは、「1日限りのボランティアに行く勇気も大事。現実問題、殆どの人が長期間のボランティアに行くことは難しく、諦めてしまう人が多い。“1日限りのボランティア”を多くの人がやれるようになれば、良い循環が生まれると思う」という趣旨の意見でした。
今後、被災地支援活動が長期化した場合、おそらく1週間以上の滞在ボランティアが可能な人は限られてくると思います。そうした状況の中でもなんとかボランティア派遣を継続させていくためには、やはり理想ばかりを追い求めるのではなく、より現実的にシステム作りを考えなければならないのだということを学びました。これは、色んなことに当てはまる大事な前提だと思います。貴重なご示唆を頂いた会となりました。
はじめまして。修士1年の佐藤未来子です。
新しく「院生室より」をカテゴリに追加しました。
研究室でのイベント、大学院生活の様子などについて、今後気ままに発信していきたいと思います。
さっそくですが、イベントの報告をさせていただきます。
2011年7月8日(金)に、聖路加看護大学大学院で看護学を専攻されている学生さんと、「遺伝学的検査と遺伝医学研究の未来を考える」というテーマの交流会がありました。参加者は看護学の学生さん7名、公共政策の学生2名、医科研の学生1名で、先生方も合わせて12名で行われました。交流会の流れは大まかに、バイオバンク・ジャパンに関する話題提供(武藤先生)→バイオバンク・ジャパンの見学→全ゲノムシークエンスに関する話題提供(荒内さん:博士課程2年)→ディスカッション、という感じで行われました。
今回、臨床遺伝学の授業を履修されている看護学専攻の学生さんたちと公共政策の学生が交流するのは初めてのことで、たくさんの刺激をいただきました。刺激を受けた一番の理由は、看護の学生さんが、今まで自分にはなかったような「視点」を沢山持っていたからだと思います。たとえばバイオバンクを見学した後の感想を比べてみても、実験系の研究室で育った私は、「この多くのサンプルは患者さんの期待の量であり、研究者はこのサンプルを当たり前に存在するものと思って使ってはいけない」と感じたのに比べ、臨床側の視点で学んでいる看護学専攻の学生さんは、「あの(サンプルの)量の多さ、それがすべて『人間の一部』だと思うと、なにか図として違和感があり、それが衝撃的だった」と感じられたそうです。同じ場所で同じものを見ているのに、立場が違うだけで感じることもこれだけちがうのかと、非常に興味深く思いました。(※ちなみに写真は、バイオバンクの血清タンクを見学している時の皆さんの様子です。)
また、ディスカッション(議題:「あらゆる人が遺伝医療に関与する時代における看護とは」)の際にも、看護学専攻の学生さんたちから様々な視点の「遺伝子診断に対する意見」を聞かせていただきました。印象に残ったのは、既に6年間の看護師経験を持つ学生さんからいただいた、「出生前診断を受ける患者さんへの対応と、(出生前診断によって中絶されうる疾患の)患者会の対応を両立させることに、矛盾を感じる」というご意見です。このご意見によって、看護師さんにこういった葛藤があることに、はじめて気づかされました。他にも、「ヒトゲノム解析技術の99.9%の精度をより100%に近づけることは、研究者のスペシャリティ。それぞれの分野の人が自分のスペシャリティを高めつつ、定期的に皆で集まって議論を重ねることが大事だと思う」という意見もいただきました。これまで、「研究成果は一般の人にも分かりやすく説明されるべきもの」ということにとらわれ続けてきた私にとって、「スペシャリティを尊重したい」という一言はすごく意外性があり、研究者が果たすべき責務とは一体何か、改めて考えさせられてしまいました。
ディスカッションの終盤では、聖路加看護大学大学院の有森直子先生がこんなことをおっしゃいました。
「(遺伝看護の文脈では、)遺伝性疾患を抱える患者さんを『治療する』というのは、必ずしも医学的な治療だけを指すわけではない。」
この言葉も非常にインパクトのある言葉でした。大学時代、最先端の医学研究に憧れを抱き続けてきた私ですが、『治療する』とは一体どういうことなのか、もっと幅広く考えたいと感じるようになりました。
この交流会を通じて、たくさんの刺激をいただき、あらゆる分野の人々と交流を持つことの大切さをおしえてもらいました。自分以外の視点というのは、自分一人ではなかなか得られないものだと思うので、このような貴重な機会を与えてくださった武藤先生に感謝しております。また、暑い中足を運んでくださった聖路加看護大学の皆さま、ほんとうにありがとうございました。今後も是非またこのような機会を設けられるように私たちも積極的に企画提案したいと思います。
報告は以上です!
◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年7月25日掲載)
▽臓器売買の公的市場管理論▽武藤香織
日本国内での臓器売買は、死体も生体も含めて、法律で禁止されている。だが、この6月、国内では2件目となる臓器売買事件が発覚し、現在も捜査が進んでいる。生体臓器移植が認められるのは、日本移植学会の指針では親族間に限られる。1件目に続き今回も、それが偽装され、移植が実施された。だが、前回の事件と異なるのは、暴力団が臓器売買を仲介していた点である。臓器移植の仲介料が暴力団の資金源となっている現実に、移植関係者は大きな衝撃を受けている。
アメリカやイギリスでも臓器売買は禁止されているが、「臓器売買を公的機関が管理すれば、水面下の臓器売買が減少して健全化し、移植の機会も増えるのではないか」という議論がある。日本より脳死臓器移植が活発な国々でも、臓器不足は解消されず、腎臓や肝臓では、生体臓器移植に頼らざるを得なくなってきているためだ。
公的市場で臓器売買を管理する利点とはなんだろうか。まず、親族偽装がなくなることが予想される。臓器提供を希望する人と提供を受けることを希望する人を公的機関が仲介するためだ。親族への無償提供圧力も減るかもしれない。
また、悪徳ブローカー排除の可能性が高まることも利点だ。公的機関が仲介に乗り出すことで手続きが透明化され、暴力団が関与する余地がなくなることが期待される。
水面下で行われる臓器売買では、医学的な管理が不十分な状態で臓器が摘出、移植される例も多い。公的機関の関与によって、それが改善する可能性もある。タブレットPC欲しさに中国の高校生が腎臓を売ったという報道があったが、公的市場であれば、売る立場の人を年齢や健康状態によって制限できるかもしれない。
こうやって利点だけをみると、公的市場管理論は、何か理想的な解決法のようにも思える。しかし、実際に公的市場で臓器売買を管理している国はない。公的市場管理論を受け入れるには、「臓器を売る権利」を社会が容認する決断が必要であり、未だそこに踏み切った国はないことを意味する。
果たして我々は、経済的弱者が臓器を売って生き延びることを、「生存権」として認められるだろうか。日本では、公的市場管理論が広く検討されたことはない。難しい問題だが、議論する必要はある。まずは考え始めてみよう。
(東大医科学研究所准教授)(了)
自治労の機関誌『自治研』(2011年7月号)は、「難病を生きる―ALSとともに」という特集号です。巻頭論文として、「難病をもつ地域住民への支援~市町村の役割再考」を執筆しました。
難病対策において役割が見えにくい基礎自治体への応援メッセージです。他の特集も読みごたえがありますので、どうぞご覧ください。
文部科学省・経済産業省・厚生労働省の合同指針である「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の改正作業における有識者ヒアリングとして、当教室の武藤香織准教授、井上悠輔助教が報告をしました(「海外のヒトゲノム・遺伝子解析研究に関するルール」)。
発表時に利用した資料等は下記サイトから見ることができます。
資料・議事録へのリンク
- 文部科学省科学技術・学術審議会生命倫理安全部会ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針の見直しに関する専門委員会(第3回)
http://www.lifescience.mext.go.jp/2011/06/32367.html - 厚生労働省厚生科学審議会科学技術部会ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理指針に関する専門委員会(第3回)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001gj3w.html - 経済産業省産業構造審議会化学・バイオ部会 個人遺伝情報保護小委員会(第14回)
◎サイエンスの小径(6月6日掲載)
▽放射線の影響 科学者の責務▽武藤香織
福島県飯舘村は、「日本で最も美しい村」連合に加盟する、景観の美しい内陸の村だ。内陸ゆえに、今回の震災で津波の影響は全く受けていない。だが、福島第1原発の事故で飛散した放射性物質による線量が高いとして、計画的避難地域に指定された。村では、6月上旬までに全村民の避難を完了させるという。
飯舘村の汚染を裏付けるのは、5月6日に発表された、福島第1原発から80キロ圏内の地表の汚染地図だ。このデータは、4月に文部科学省が米国エネルギー省と協力して航空機で観測したもので、地表1~2キロ四方ごとに放射性物質の蓄積量を測定している。この地図からは、風向きや地形によって、同じ市町村のなかでも、集落や地区によって、放射性物質の飛散状況が全く異なる結果になったことがうかがえる。
多くの住民が引っ越しを始める間際の週末、飯舘村での住民健診に参加した。住民からは、「屋内でゲームばかりさせていて、子どもが10キロ以上太った」「子どもを屋外で遊ばせずに過ごしていたら、口の周りに湿疹ができている」「農作業ができないストレスで酒量が増えた」などの声があがっていた。心身への影響が心配されるなか、引っ越し作業が進んでいる。
また、飯舘村周辺で開かれた放射線の影響に関する住民説明会では、「4月に生まれた子どもを母乳で育てていいのか」「ここより放射線量の高い地域の露地野菜はなぜ出荷停止になっていないのか」など、たくさんの質問が出た。ここで暮らしていく人は、子どもの外遊び、地元でとれた野菜や井戸水の摂取など、暮らしに密着した対応について知識を得たいという強い意欲がある。
きめ細やかな対応が求められるなか、自治体も疲弊している。原発事故当初は、自治体も混乱し、放射線量を測定すると言って入村した研究者を信頼して受け入れた。しかし、得られたデータを村には還元せず、先にマスメディアに流して風評被害の契機をつくった研究者もいたという。
シーベルトとベクレルの換算式を教えるよりも、それぞれの暮らしにあわせた被ばく線量の理解を促進することのほうが大切だ。同じ屋内でも、コンクリートで遮蔽された建物のなかで過ごす人と、木造家屋のなかで過ごす人では、気をつけることも異なる。科学者は、放射線の影響を、人々の暮らしに密着した知識として伝える責務がある。
(東大医科学研究所准教授)(了)