信濃毎日新聞コラム(9)震災後の町とカーナビ(武藤)

2011/04/18

◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年4月18日掲載)
▽震災後の町とカーナビ▽武藤香織


私は4月5日から1週間、東京都の災害ボランティア第一陣団長として宮城県に赴き、初めて災害ボランティア活動に参加した。数名で1チームとなって、作業道具を積んだレンタカーで被災地のボランティアセンターに向かい、さらにそこで指示を受けた現場に向かう。そして、黙々と、住宅に流れ込んだヘドロや油、流木、瓦礫を撤去し、道路から玄関や裏口までの通路を確保する作業をした。

一見、大きな被害がないように見える地区でも、ひとつ角を曲がると、瓦礫の山だ。またひとつ角を曲がると、住居の裏側で漁船が横転している。しかし、静けさのなかで人々の暮らしは再建され始めていた。

知らない土地を巡る我々の活動は、カーナビ(カーナビゲーションシステム)がなければ全く実現できなかった。だが、それでも困難を極めた。カーナビの指示に従ったら、壊滅状態とされる地区の道路を「推奨ルート」として案内されたことがあった。道を間違えると元のルートに戻るように案内する機能のおかげで、海水が満ちたままの道路からしばらく脱出できなかったことも。

被害の大きな現場で言葉を失っているときでも、とても明るい女性の声で「運転、お疲れさまでした!」と声をかけてきた。「カーナビは人間じゃなくて機械なんだから」と自分に言い聞かせつつも、車内の仲間がカーナビに抱く感情は、徐々に悪化していった。

カーナビのように、人への情報提供と機械への指令をやり取りする装置は、どんどん高度になっている。いつのまにか、機械に対して、人と同じような対応を求めるほどである。しかし、機械が与えてくれる情報をどう活用するのか、最終的に制御するのは、やはり人なのだ。

そんなカーナビが最も威力を発揮したのは、家屋が全壊している地域に入ったときである。瓦礫や船や車の山に周囲360度を囲まれ、震災前であれば目印になったであろう建物や番地は全く手掛かりにできない状況だった。だが、カーナビに搭載されていた、震災前の地図情報のおかげで、「目的地」が的確に案内され、瓦礫の中から家主が手を振って迎えてくれた。

このときばかりは、カーナビを抱擁したかった。そして、カーナビを通して、賑やかな鮮魚店が立ち並ぶ、震災前の街並みを想像した。被災地の一日も早い復興を願う。

(了)

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都民ボランティアから戻りました(五嶋、趙、武藤)

2011/04/12

激しい余震や停電・断水などで大変ご心配をおかけしましたが、ちょうど震災から1か月目となる4月11日、五嶋と趙は東京に戻りました。また、武藤は飯舘村に戻る仲間を送った後、翌12日に、東京に戻りました。

63名の団員とともに雑魚寝で滞在した1週間、宿泊拠点をベースに、東松島市、石巻市、気仙沼市などへ出かけました。そして、現地ボランティアセンターが得たニーズ表の指示に従って、被災者のご自宅にうかがい、ヘドロ出し作業や瓦礫撤去を行いました。また、高等学校や幼稚園などでも、再開に向けた作業を行いました。

ボランティアを騙る詐欺や窃盗などの影響で、ボランティアに対する不信感が強い地域でも、必死でヘドロ出しや瓦礫撤去をすると、家主が心を開いて下さったのが、救いでした。しかし、あらゆることが不明瞭・未決定であり、予定通りなんてことは全くなく、分刻みで状況が変わっていく、そのなかでの判断、あるいは判断のやり直しの繰り返しでした。あるとき、団長には、つい作業に没頭する団員の安全を守り、リスク管理をする役割を積極的に果たす必要があると痛感させられ、派遣期間の途中から肉体労働する時間が減ってしまったのは残念でした。

「都内在住・在学・在勤」という共通項、そして、「何か役に立ちたい」という共通項だけで集まった63名でしたが、素晴らしい人柄と高い能力を兼ね備えた人々ばかりで、心を一つにして活動をやり遂げられたと思います。この活動に参加しなければ、出会えなかった方々ばかりです。本当に感謝しています。

また最後まで無事に活動できたのも、スタッフや学生をはじめ、多くの方々のご理解と後方支援のおかげです。いただいた心配と激励のメールは、ふとしたときに、心に沁み込みました。本当にありがとうございました。

復旧と復興には、これからも長い時間がかかると思います。今後も関わり続けたいと考えています。

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宮城県での都民ボランティア活動と余震について

2011/04/10

現在、教室員3名(武藤、五嶋、趙)は、東京都民ボランティア第一期メンバーとして、60名の仲間とともに、宮城県でのボランティア活動をしています。震災から1か月近く経ちますが、初めて自宅に戻って茫然としている方と一緒に泥あげ作業をしたり、始業式に向けて掃除する学校のお手伝いをしたりしています。また、後続ボランティアのために、宿泊拠点の自治をがんばっています。今日は県のボランティアセンターにいますが、たくさんのニーズとたくさんの支援者の存在に感動しています。

去る4月9日に、宮城県沖で震度6強の余震が発生し、大変ご心配をおかけしていることと思います。おかげさまで無事にしております。いまも宿泊拠点での断水や近郊での停電は続いておりますが、私たちが訪問している方々のご辛抱の足元にも及びません。我々の活動は明日までで、宿泊拠点から最も遠い地域に出かけていきます。またご報告いたします。

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新しい仲間を迎えました

2011/04/01

メディカルゲノム修士課程1年の学生として、佐藤未来子さんが入学しました。みなさま、どうぞよろしくお願いします。

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バイオバンク・ジャパン参加者を対象としたコミュニケーション活動に関する論文を発表(渡部)

2011/03/23

オーダーメイド医療実現化プロジェクトにおける参加者とのコミュニケーション活動に関する論文を発表しましたのでご紹介します。
オーダーメイド医療実現化プロジェクトは、ヒト試料を収集し保管するバイオバンクを基盤としています。バイオバンクは、長期に渡って個人の試料や情報を収集・保管すること、様々な研究に活用して頂くことがあることなどから、参加者に対して参加前に説明して同意を得るだけでは、研究に参加することへの理解と納得を十分に得ることができないという指摘があります。論文では、長期に渡る医科学研究での参加者との関係のあり方を検討するための事例として、本プロジェクトにおけるニュースレター『バイオバンク通信』の発行や、参加者を対象とした講演会や座談会の開催、参加者の意識を知るための調査活動を紹介しています。

Watanabe, M., Inoue, Y., Chang, C., Hong, H., Kobayashi, I., Suzuki, S., Muto, K., 2011
For what am I participating? - the need for communication after receiving consent from biobanking project participants: experience in Japan. JHG (advance online publication 10 March 2011)
doi: 10.1038/jhg.2011.19

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玉井真理子・大谷いづみ編『はじめて出会う生命倫理』(有斐閣アルマ)

2011/03/23

武藤と渡部が一部担当した編著が出版されました。「生命倫理学」入門にお役立て下さい。

玉井真理子・大谷いづみ編『はじめて出会う生命倫理』(有斐閣アルマ)

科学や医療の進歩により、「いのち」をめぐる問題はかつてないほど複雑になっている。「正解」を見つけにくい問いの前で、それでも考えることをやめないために、生命倫理学が蓄積してきた「考えるための道具・すじ道」とは。(amazon.co.jp)

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岩手県・宮城県・福島県・茨城県への救援物資と義援金受入情報(更新)

2011/03/21

1)岩手県への救援物資と義援金

岩手県は停電の影響か、県庁ホームページがダウン気味です。

★個人からの救援物資は、受け入れない。

★企業からの救援物資は、岩手県へ企業自らで輸送手段が確保できる場合のみ、受け入れる。
提供する「物資」「数量」「担当者のお名前」「連絡先」「電話番号・FAX番号」「無償・有償の別」を、次のFAXでのみ受け付ける。FAXの確認後、岩手県から連絡が無い段階での物資輸送は開始しないこと。

【受付窓口・FAX送付先】
 ○有償の場合:岩手県商工労働観光部経営支援課 FAX 019-629-5549
 ○無償(義援物資)の場合:岩手県保健福祉部地域福祉課 FAX 019-629-5429

★義援金

  • ゆうちょ銀行 00100-2-552 岩手県災害義援金募集委員会
  • 岩手銀行県庁支店 普通預金2016634
  • 北日本銀行本店営業部 普通預金7028484

受領証がほしい方は、県庁ホームページから様式をダウンロードして指示に従ってください。

岩手県災害義援金募集委員会事務局
〒020-8570 盛岡市内丸10番1号 岩手県保健福祉部保健福祉企画室
電話:019-629-5408

2)宮城県への救援物資と義援金

★個人からの救援物資は、受け入れない。

★現在、避難所等のための食糧が不足しています。パン・おにぎりなど、手を加えずにすぐに食べられるものの大口(1,000個以上)のご協力を是非お願いいたします。

  • 食品(乾パン,飲料,おにぎり,パックごはん,缶詰,レトルト,カップ麺,菓子,味噌汁等)
    連絡先:食産業振興課 食産業企画班
    電話番号:022-211-2963
  • 生活関連物資(日用品,衣類)
    連絡先:保健福祉総務課 企画調整第二班
    電話番号:022-211-3183(専用ダイヤル)

★寄附金 ・・・・・ 県内の災害復旧及び復興事業の財源として
消防課産業保安班が窓口となります。
電話でのお問い合わせは,022-211-2377となります。

★義援金 ・・・・・ 被災者に対する生活支援として
社会福祉課団体指導班が窓口となります。
電話でのお問い合わせは,022-211-2516となります。

詳しくは、県庁ホームページでご確認を。

3)福島県への救援物資と義援金

★個人からの義援物資は、受け入れない。

★企業等からの義援物資は、大口のお申し出で、一定の数と仕様がそろえられる物資についてのみ、受け入れとのこと。問い合わせは、福島県災害対策本部 物資班 電話024-521-1908まで。

★寄附金(県内の災害復旧及び復興事業)
受付窓口は、生活環境部生活環境総務課(電話:024-521-7669)。 受け入れ方法については、お問い合わせください。
平成23年9月30日(金)まで

★義援金(県内の被災者に対する生活支援)
福島県義援金配分委員会において、県内での公平な配分が決定されます。

  1. ゆうちょ銀行、郵便局 00160-3-533 福島県災害対策本部【窓口振込は手数料無料】
  2. 東邦銀行 県庁支店 普通預金 1411045 福島県災害対策本部【窓口振込は手数料無料】
  3. 福島銀行 本店営業部 普通預金 1247821 福島県災害対策本部【窓口振込は手数料無料】
  4. 大東銀行 福島支店 普通預金 1470102 福島県災害対策本部【窓口振込は手数料無料】

4)茨城県への救援物資と義援金

★復興にかかる義援金
専用の振込口座が、3月22日に開設される予定です!

★被災者への義援金
全国的な支援が主な使途だそうで、県内被災者への配分は未定だそうです。

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東北大学病院への支援(更新)

2011/03/18

東北大学病院での支援受け付け状況は以下の通りです。

■問合せ

東北大学病院災害対策本部(支援受付担当)
電話:022-717-7070

■必要な物資等

人的: 医師
物的: (1)保存食(カップ麺、インスタント麺、乾パン等)
(2)水(ペットボトル、500ml、2リットル)
(3)その他飲料(ペットボトル、500ml、2リットル)
(4)粉ミルク
(5)紙おむつ
(6)高齢者用おむつ
(7)下着類(男女、新品)

なお、寄附金についても受け付けておりますので、お問い合わせ下さい。

■送金先

七十七銀行 大学病院前支店
普通預金:5535522
口座名義:東北大学病院震災寄附金

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信濃毎日新聞コラム(8)「幹細胞治療」による被害(武藤)

2011/03/07

◎サイエンスの小径(3月7日掲載)
▽「幹細胞治療」による被害▽武藤香織


幹細胞という言葉をご存じだろうか。人間のあらゆる細胞に分化する可能性を秘めたES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)のような新しい幹細胞が近年知られるようになったが、もともと私たちの体の中にはたくさんの幹細胞がある。たとえば、骨髄にある造血幹細胞。この細胞が分裂、増殖し、赤血球や白血球などの血液成分になる。正常な血液を作れなくなった白血病患者に行われるのが、造血幹細胞移植だ。また、脂肪幹細胞は、乳房再建などに役立っている。

昨年11月、国際的な科学雑誌に、日本のある医療機関で、患者の脂肪を採取して脂肪幹細胞を抽出し、それを再び患者に注射で移植する行為が「幹細胞治療」として行われていることが報じられた。脂肪性幹細胞の抽出は韓国のベンチャー企業に委託しているという。幹細胞を送り込むことで、病気の原因となっている細胞や臓器を再生すると謳われているそうだ。だが、この「幹細胞治療」を受けた韓国人患者は死亡したと記事は伝えている。この例に限らず、「幹細胞治療」による死亡例は、各国で報告されている。

これらの行為は、医師の裁量による保険適用外の自由診療として行われており、直接規制する手段がない。費用も数百万円かかるといわれている。

幹細胞の制御は簡単でなく、未知の部分も多い。このため、国の研究指針では、幹細胞を安全に取り扱うための厳しい基準が定められ、高度な設備が必要とされる。しかし、医療行為には、この基準は適用されていない。

昨年3月、厚生労働省は、幹細胞を患者に投与する医師に、動物実験の結果や国による承認の有無を確認するよう通知を出した。そして、日本再生医療学会は今年1月、幹細胞による治療や臨床試験に臨む患者は、それが国に承認された治療や臨床試験であるかどうかを確かめるよう訴えた。

「幹細胞治療」は、時に新聞広告でも目にする。斡旋業者を通じて、海外の医療機関で機会を待つ患者もいる。他に治療手段がない患者にとっては、最後の希望のように見えることだろう。効果が未確認でも、健康被害の恐れがあっても、財産を取り崩してでも…と気持ちをかきたてられるだろう。被害を防ぐため、国に規制を求めることも必要かもしれないが、患者を支える人たちは、まず、その焦燥感にしっかり寄り添うことが大事なのではないだろうか。

(東大医科学研究所准教授)(了)

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玉腰暁子・武藤香織著『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』(医学書院)が出版されました

2011/02/26

このたび、玉腰暁子・武藤香織著『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』(医学書院)を上梓しました。
★医学系看護系の学部で、実習や卒業論文や修士論文に携わる方、
★医療機関で働く看護師で看護研究を始める方、
★社会科学系の方で、医療機関・保健行政・患者会などで調査をする方、
に向けて書いています。ぜひお手にとってご覧ください!

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『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』に寄せて(武藤)

2011/02/26

1997年、まだ学生だった私は、日本疫学会総会のときに開催された「疫学の未来を語る若手の集い」に参加し、疫学研究のインフォームド・コンセントに関する議論を客席から聞いていました。若手研究者自身が倫理のあり方を議論する現場は素晴らしいなあと感銘を受け、壇上にいた中山健夫さん(現在は京都大学大学院教授)に熱いお手紙を送ったことがご縁で、疫学者のコミュニティに関わらせていただくようになりました。

そして、この本の共著者の玉腰暁子さんが旧厚生省研究班長を買って出てくださり、疫学研究のインフォームド・コンセントを考える研究班が発足しました。

全く門外漢だった私ですが、この研究班の兄さん・姉さんたちに温かく受け入れて頂きました。そして、疫学の「いろは」から教えて頂きました。カルチャーショックを受けたり(たぶん与えてしまったりも)しながら議論を続け、その研究班の取り組みから生まれた「疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン」は、やがて2002年、文部科学省・厚生労働省の「疫学研究に関する倫理指針」につながっていきました。

あれから、「一昔」相当の時間が経ちました。当時、自称「若手」だった方々は、いまや日本の疫学を背負う重鎮になられました。私も、医学・生物学系の大学院生に研究倫理を講じたり、社会科学系の大学院生と調査研究倫理のゼミをするような責務を担う立場になりました。

この10年間の最大の変化は、国が次々と研究倫理指針づくりに乗り出し、数々の研究倫理指針が生まれたことだと思います。つまり、研究の現場ではなく、審議会で指針をつくるプロセスが当たり前のものになったわけです。自分たちから遠いところでつくられた指針は、研究者にとって愛着がわかない存在かもしれません。

でも、疫学分野の研究者は、行政が動きだす前に、外部の人たちも交えて議論を闘わせることを思いつき、自主的なガイドラインを絞り出しました。専門家集団として素晴らしい取り組みをしたと思いますし、きっと後世でも評価される、はず…。

ぜひ多くの研究者に、国の指針策定や改正を待つだけでなく、自分たちで動いてルールをつくる醍醐味を、味わってほしいと願っています。

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信濃毎日新聞コラム(7)臓器移植と大人の責任(武藤)

2011/01/24

◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年1月24日掲載)
▽臓器移植と大人の責任▽武藤香織


昨年7月に臓器移植法が改正されて半年が過ぎた。この改正では、本人が臓器提供を拒否する意思表示をしていなければ、家族の同意で、脳死判定後の臓器提供が可能となった。また、世界でも珍しいルールとして、親子間、配偶者間での優先提供が認められた。そして、15歳未満の子どもからの臓器提供が認められた。

成人間での脳死臓器移植は、2009年は年間7例だったが、この半年間で31例と大幅に増えた。そのほとんどが、本人が意思を明示しておらず、家族によって承諾されたものである。突然の増加に伴って、脳死臓器移植を仲介する日本臓器移植ネットワークの負担も増している。提供者が出た際の記者会見でもあまり多くの情報は出てこない。

親族への優先提供は、この半年間で親子間、配偶者間で各1例が公表された。これまでの脳死臓器移植は、医学的必要性を根拠に公平に配分する原則で運用されてきた。親族への優先提供は、提供者を少しでも増やす目的で導入されたが、脳死臓器移植を家族という私的な領域に閉ざす道も認めたことになる。実の親子と配偶者に限ったのは、臓器提供目的の自殺や養子縁組を防止するためだ。

他方、子どもからの臓器提供は、まだ例がない。新聞報道などからは、脳死の可能性のある子どもはいたものの、悲痛な親に臓器提供の話を切り出す難しさや、虐待死でないことを確認する難しさが、浮き彫りになっている。

臓器移植法の改正による提供機会の広がりは、それぞれが新しい課題を生んでいる。透明性がより重視される反面、プライバシー保護も大切だ。適正な手続き執行の番人として、どこまでマスメディアが情報を求めてよいのかも、今後、問われていくだろう。

だが、最も心配なのは、自分で意思表示をする機会の確保である。私が生命倫理学を教える大学生45人に、家族と臓器移植について話し合ったことがあるかどうか聞いてみると、手を挙げたのはわずか3人だった。意思表示カードに意思を書き込むという行為は、親に書いてもらうのも、自分が書くのも気が重いという。医療技術のために、昔は考えなくてもよかったことを考えさせられるようになったのかもしれない。しかし、家族の思いを知る契機ととらえて、逃げ出さずに話題を切り出すのが、大人の新たな責任になったといえるのではないか。

(東大医科学研究所准教授)

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企画展アーティストトークを開催しました

2011/01/14

連休中日の2011年1月9日(日)14:00から、第4回サイエンスアート企画展のアーティストトークが開催されました。
当初全員立ち見の予定でしたが、急遽椅子を10席用意。最終的に16名の方に来場頂きました。

アーティストの池平徹兵さんとブリアンデカナエさんが、バクテリアをテーマとした作品制作をはじめられたきっかけ、バクテリアから受けるインスピレーションなどをお話下さった後、医科研博士課程3年の峯岸ゆり子さんも参加しての対談となりました。

池平さんとカナエさんは、約3年前に(仏)国立農業研究所でバイオフィルムの研究をしているロマン・ブリアンデさんに顕微鏡画像を見せてもらった時に、2人同時にインスピレーションを受け、作品の協同制作をはじめられたそうです。以来、日本とフランスで作品を送り合って、制作を続けられています。
画像を見た時に感じた、「ぞくぞくするけど、もっと見ていたい」という感覚がカナエさんの制作の原点。峯岸さんが、「バクテリアが繁殖する様子がとてもよく表されているのにかわいい」とおっしゃっていたアクセサリーは、この「ぞくぞく感」も表現されているようです。
そして、この「ぞくぞくするけど、もっと見ていたい」という感覚は、実験途中にバクテリアが繁殖することを忌み嫌うサイエンティストも、実は共感するところだそうです。
一方池平さんの原点は、バクテリアに感じた「宇宙」。常々、「私たちの世界がある宇宙は、巨人のように大きな存在の一部なのではないか」という感覚を持たれていたのですが、バクテリアを見た時にそれを思い出したとのこと。また、展示されている大きな作品には「主役」がいません。それはバクテリアが、環境に応じて個性を発揮し、多様性のあるコミュニティーを形成するところからきているとのことです。

お二人はこれからも、バクテリアが環境に応じて進化し続けるように、OFFICE BACTERIAとして進化し続けていきたいとおっしゃっていました。

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ご来場頂いた皆様、大変ありがとうございました。

企画展は30日(日)までです。
足をお運び頂ければ幸いです。
また、お二人の作品は渋谷のギャラリーコンシールでも1月31日(月)までご覧頂けます。

(文責:渡部)

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東京大学医科学研究所主催第4回サイエンスアート企画展

2010/12/20

*** OFFICE BACTERIA 宇宙

バクテリアの宇宙に魅了されたサイエンティストとアーティストによる、
平面と立体のインスタレーション

**************
2011年1月5日(水)-1月30日(日)
アーティストトーク:1月9日(日) 14:00-15:00(予約不要)
*******************

OFFICE BACTERIA

池平徹平 (油絵家)
ブリアンデ カナエ (アクセサリー作家)
ブリアンデ ロマン (生物学者:フランス国立農業研究所所属)
http://www.parco-city.com/officebacteria
********************

場所: 東京大学医科学研究所 近代医科学記念館
(東京都港区白金台4−6−1)
開催時間: 平日10:00-18:00,土日祝10:00-17:00
休館日: 月曜日
入館料: 無料
アクセス: 東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線 白金台駅
2番出口徒歩2分 東大医科研正門入って左手すぐ
問合せ先: 東京大学医科学研究所公共政策研究分野
Tel: 03-6409-2079 Email:

ポスター画像(820KB)

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信濃毎日新聞コラム(6)ゲノム時代の遺伝子検査(武藤)

2010/12/06

サイエンスの小径(2010年12月6日信濃毎日新聞掲載)
▽ゲノム時代の遺伝子検査▽武藤香織


ひとりの人の全遺伝情報(ゲノム)の解読に、何日かかるかご存じだろうか?1990年代頃までは、だいたいの遺伝情報を読み解くのに10年以上かかっていた。だが現在は、最新の機械を24時間動かし続ければ、約4日間で読み終わる。

この技術革新のおかげで、研究の手法も変わってきた。特定の遺伝子を一生懸命探していた時代と違い、今では全遺伝情報を相手に網羅的に違いを見つけていく。理化学研究所の鎌谷直之さんは「一本釣りから、大きな網で大量の魚を一気に捕まえるトロール漁法に変わったようなもの」と表現している。
こうした研究の成果として、遺伝子検査はぐっと身近な存在になってきた。これまで遺伝的背景による影響が不確かだった病気も、一定の遺伝的背景に生活習慣の影響が加わると、病気になるリスクが高まる可能性が指摘されている。また、薬の量や飲み方も、その人の遺伝的背景に合わせて変えたほうが効果的な場合があることもわかってきた。

一方、インターネット上などで、「遺伝子検査サービス」が一般向けに広告、宣伝されるようにもなった。イギリスではニコチン依存に関する遺伝子検査が、アメリカでは胎児の性別を判断する遺伝子検査が、大きく宣伝されて議論となった。科学者を中心に「まだ研究段階のものであり、検査として販売されるべきではない」として、規制を求める声がある。日本人類遺伝学会も去る10月、「一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」を公表して警鐘を鳴らし、消費者にも慎重な対応を求めている。だが、「別に科学的に正しくなくてもいい」「占いのように楽しみたい」という消費者の声もある。

私が学生だった頃、遺伝子検査は、先天異常や遺伝性疾患の患者さんと家族のための限られたものだった。将来、自分は病気になるのか、子どもに病気の遺伝子が引き継がれる可能性があるのか、悩む家族は多い。そんな人たちのために、信大医学部付属病院は、日本でいち早く1996年に遺伝子診療部を設け、臨床心理士や専門看護師も加わってカウンセリングを行っている。

遺伝子検査が身近になれば、誰もが、他人と同じではないことがわかってくるだろう。そうすれば、遺伝に関する悩みを抱え込まずに済むようになるだろうか。それとも、誰もが遺伝的な「異常」に悩む社会になるのだろうか。

(東大医科学研究所准教授)

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日本生命倫理学会誌『生命倫理』に論文掲載(神里・武藤)

2010/11/25

日本生命倫理学会誌『生命倫理』Vol20 No.1(2010年9月)に拙稿「「研究倫理コンサルテーション」の現状と今後の課題‐東京大学医科学研究所研究倫理支援室の経験より‐」が掲載されました。
本稿では、医科学研究所研究倫理支援室における「研究倫理コンサルテーション」業務を紹介すると同時に、米国での「研究倫理コンサルテーション」の状況を参考にしながらその概念や位置付けについて考察しました。ご覧いただければ幸いです。

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教室のニュースレター(第1号)刊行!

2010/11/09

教室のニュースレター(PubPoli Voice No.1)が完成しました。私たちは日々様々な活動に取り組んでいます。しかし、こうした教室の素顔に触れていただく機会がなかなかないことも実情です。今後も一定の期間毎に作成し、教室の行事や、メンバーの活動状況についてご報告する場にしていく予定です。ご笑覧いただければ幸いです。

ダウンロード:965KB】

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「代理懐胎に関する諸外国の現状調査報告書」(2007年)全文掲載

2010/10/28

平成18年度厚生労働省緊急対策事業として実施した、「代理懐胎に関する諸外国の現状調査報告書」(2007年)のPDFファイルを下記リンクよりダウンロードしていただけます。

「目次、調査概要(第1章)」 (PDF:17,814KB)
「各論(第2章~7章)」 (PDF:15,553KB)

・この調査報告は2007年3月に終了したものですが、閲覧のご要望が多いため掲載いたします。
・2009年12月2日付けでお伝えした代理出産に関する論文(Semba et al, Bioethics 24(7): 348–357, 2010)はこの報告書がもとになっております。

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IJJS 'Social context of Medicine in Japan' オンライン公開(武藤)

2010/10/28

日本社会学会の英文誌であるInternational Journal of Japanese Sociology 第19号の特集“Social context of Medicine in Japan”の編集と執筆を担当しました。

この特集では、人を対象とする研究(田代志門)、人工授精(白井千晶)、安楽死・尊厳死(大谷いずみ)、生体肝移植(武藤香織)を取り上げています。オンラインで公開されましたので、ぜひご覧下さい。


IJJS Volume 19, Issue 1
Special issue: Social context of Medicine in Japan

Introduction (pages 2–3)
Kaori Muto (武藤香織)

Unintended Consequences of “Soft” Regulations: The Social Control of Human Biomedical Research in Japan (pages 4–17)
Shimon Tashiro (田代志門)

Reproductive Technologies and Parent–Child Relationships: Japan's Past and Present Examined through the Lens of Donor Insemination (pages 18–34)
Chiaki Shirai (白井千晶)

Organ Transplantation as a Family Issue: Living Liver Donors in Japan (pages 35–48)
Kaori Muto (武藤香織)

“Good Manner of Dying” as a Normative Concept: “Autocide,”“Granny Dumping” and Discussions on Euthanasia/Death with Dignity in Japan (pages 49–63)
Izumi Otani (大谷いづみ)

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信濃毎日新聞コラム(5)臨床研究進めるために(武藤)

2010/10/25

サイエンスの小径(2010年10月25日信濃毎日新聞掲載)
▽臨床研究進めるために▽武藤香織


日本人の2人に1人が、がんになる時代。さらに有効な予防法や治療法の確立が期待されている。そして、新しい治療法の確立のために欠かせないのが、安全性や有効性を確かめるための臨床試験である。現在、人の免疫の働きを強化して、がん細胞の表面にある蛋白質を目印にがん細胞を攻撃させる、がんペプチドワクチン療法の臨床試験が全国的に行われている。

私の勤務先の附属病院で行われた、進行性膵臓がんに対するがんペプチドワクチン療法の臨床試験に問題があったと指摘する記事が、先日、全国紙に載った。批判の柱は「臨床試験の被験者に起きた消化管出血について、他の施設にもその事実を伝えるべきだったのに、しなかった」という点だ。

臨床試験の期間中に生じた、あらゆる好ましくない医療上の出来事を有害事象と呼ぶ。臨床試験で入院中に風邪をひいて入院期間が延びても、「重篤な有害事象」と扱われる。薬剤と体調不良の関係を分析することは難しい。だが、関係している可能性が高まれば、臨床試験をすぐに中止するのも原則だ。

この事例の場合、出血の原因はペプチドにあったというだけの根拠はなく、膵臓がんの進行に伴うものと考えられた。臨床試験は単独で実施したため、他施設に直接通知はしていないが、研究会や論文では報告している。記事には基本的な事実関係の誤りや誤解を招く表現もあり、反論の記者会見が行われた。

だが、取り上げられた患者さんやご家族、全国のがん患者さんたちから見たとき、当事者不在の冷たいやりとりに見えなかっただろうか。実際、患者さんやご家族から、「がんペプチドワクチンを投与すると出血するのか」という問い合わせも相次ぎ、波紋の大きさがうかがえた。

後日、がん患者団体41団体が「がん臨床研究の適切な推進に関する声明文」を出した。明確な根拠とオープンな議論に基づいて研究予算が拡充されること、尊い意思を持って臨床試験に参画する被験者保護のほか、「臨床試験に伴う有害事象などの報道に関しては、がん患者も含む一般国民の視点を考え、事実をわかりやすく伝える冷静な報道を求めます」と要望した。これに反対する声はあるまい。

患者にとって大切な情報と、主治医や臨床試験担当医師が必要とする情報、そしてジャーナリズムが報道する価値があると判断する情報には、それぞれ距離がある。それを前提にコミュニケーションを継続する努力を忘れないようにしたい。

(東大医科学研究所准教授)

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