信濃毎日新聞コラム(13)難病の説明 当事者自ら(武藤)

2011/10/17

◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年10月17日掲載)
▽難病の説明 当事者自ら▽武藤香織


ハンチントン病という病気がある。国指定の難病として、2009年度末現在で796名の患者が登録されており、専門家の間では、予防法や根本的な治療法がない遺伝性神経難病として知られている。この病気の患者・家族の会が生まれて、今年で10年になる。大学院生のときに出会った人たちとの縁で、私も会の設立と運営のお手伝いをしてきた。

この会ができる前は、患者や家族が安心して手に取れる、病気や療養の解説書がなかった。保健所には、平成の世になっても、「愛情があれば結婚してもよいが、子どもをつくらずに病気をなくす努力が必要です」という〝助言〟の書かれた資料が置かれていた。また、「ハンチントン」をインターネットで検索しても、深刻な症状や死の恐怖を煽るような記述が多く、とても当事者の生きる意欲につながるものではなかった。

そこで、患者・家族の会が最初に取り組んだのは、病気や療養に関する解説書づくりだった。イギリスやカナダで1970年代に発足した患者・家族の会の刊行物を参考に、当事者が「こんなふうに説明してほしかった」と思える解説書ができて、友達や交際相手、職場の理解を得たいときに使われているそうだ。会の集まりでは、リラックスした表情の人たちに出会える。

他方、この10年間、当事者の知らないところで、この病気を題材にした推理小説や恋愛小説、4コマ漫画などが生まれた。悪意のない表現ではあっても、病気がエンターテインメントの材料になることに複雑な思いを抱く患者、家族も少なくない。さまざまな表現とのつきあいはまだ続く。

最近、設立10周年の記念集会があり、この病気に関心を寄せる科学者や専門医、訪問診療医が講演して、参加者と意見交換を行った。以前は、専門家が同席することに強い異論が出た時期もあった。だが、解説書づくりを通して、病気の説明の仕方を、専門家任せにせず当事者自ら考えたことが、専門家と一緒に将来を考える機運につながったのかもしれない。そう考えると感慨深かった。

患者数が少なく、実態が把握されていない希少難病は6000~7000種類もあるといわれている。患者のなかには同病の他者を知らない人もたくさんいるようだ。その人たちが安心して誰かとつながり、病気について自分たちにふさわしい表現を広めていけることを願う。

(東大医科学研究所准教授)(了)