The Hastings Center Report誌にDTC遺伝子検査に関する短報掲載(井上)

2011/09/07

これまで遺伝子検査といえば、主に疾患の診断や何らかの疾患へのかかりやすさなどを検討するためのものであり、医師の処方のもとに医療施設で実施されるものでした。しかし近年、こうした従来の医療の枠外で、「疾患の予防や治療」を謳った遺伝子検査サービスが登場するようになりました。このように医師の処方を介さずに商業ベースで展開される遺伝子検査を「DTC(Direct To Consumer)遺伝子検査」といいます。疾患に関連する検査を医療施設外で展開しようとすることから、こうしたDTC遺伝子検査サービスはどのような基準を満たすべきか、あるいはそもそもこうした検査が許されるべきであるかどうかをめぐって、近年議論が活発になっています。

これとは別に、最近では「医療以外の目的でのDTC遺伝子検査」についても耳目に触れる機会も多くなりました。たとえば、雑誌やホームページ、テレビ番組などで「子どもの才能や適性を判定できる」ことを謳った遺伝子検査の情報や広告をご覧になったことがある方もおられるでしょう。こうした非医療目的でのDTC遺伝子検査にはどのような特徴があり、またどのようにこうした活動を位置づけていくべきかについては、日本のみならず、国際的にも十分な検討がなされてきませんでした。

こうした背景を受けて、今回我々は、非医療目的でのDTC遺伝子検査について、特にこれらが子どもの将来性に関する目的で提供されることが多いことを踏まえて、検討すべき主たる3つの観点を提案しました。すなわち「教育や適性の検討への遺伝的形質の利用を助長する活動をどう考えるべきか」「“子どもの最善の利益”にもとづく親の判断と遺伝的形質との関係」「検証されない科学的知見が市販化に利用されること」です。

もとより、こうした身体能力や知能に関する遺伝子研究の知見にはまだまだ限界があり、これらの遺伝子検査の妥当性や精度はまだ「検査」といえる段階にないものがほとんどです。しかし、こうした身体能力や知能と遺伝的形質との関連を探る研究活動は広く展開されており、一定の知見を蓄積しつつあることも事実です。そして何よりも、精度や妥当性に関する問題とは別に、この種の解析の本質として、上記のような複合する検討課題があると我々は考えています。

こうしたサービスの展開に対して新たなルールが必要でしょうか。この問いには賛否両論あることが予想されますが、専門家のフォローアップや監督を経ない形での遺伝子検査ビジネスの展開が許されるべきかどうかや、「社会の懸念がある」ことをもってこの種のビジネスの規制が正当化されうるかどうかについて、上記のような論点を踏まえて検討すべき余地があるでしょう。またこのテーマは、規制対応のあり方をめぐる問題意識の次元を越え、科学活動と社会、市民の生活との関係性の中での、「遺伝子」「遺伝学研究」に関する心象や意識の形成の解明にも発展しうるテーマであるとも考えられます。今回の報告を嚆矢として引き続き検討して参ります。

Inoue, Y and Muto, K.
Children and the Genetic Identification of Talent
Print:Hastings Center Report, Vol 41, No 5 (September-October 2011), in press.
Online:http://www.thehastingscenter.org/Publications/HCR/Detail.aspx?id=5498