信濃毎日新聞コラム(12)被災地で科学を語り合う(武藤)

2011/09/05

◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年9月5日掲載)
▽被災地で科学を語り合う▽武藤香織


先日、大学院生と宮城県の南三陸町を訪れ、仮設住宅の隣でサイエンス・カフェを開いた。サイエンス・カフェとは、喫茶店のような気楽な雰囲気の中で科学を知り、語り合う場のこと。ヨーロッパを起源とする。今回は、家庭にあるものを利用して、オレンジやバナナ、人の唾液からDNAを取り出す実験をした。伝えたいのは、果物にも人間にも、生き物にはみんなDNAがあるんだよ、というシンプルなメッセージである。

現地で被災者の生活支援にあたっている慶応大学のボランティアが、仮設住宅全戸をまわってチラシを配ってくれた。お礼を言うと、「チラシ配りをきっかけに、居住者とお話しができるので、こちらもありがたい」とのこと。ボランティアの力を借りた新たな地域づくりは、始まったばかりなのだ。
当日、「DNAってテレビで聞いたことあるよ」「ほかにやることもないから」と言いながら、高齢の男性が2人やってきた。小学校高学年の女の子は、低学年の子どもたちも連れてきてくれた。だが、リーダー格の男の子が「実験なんかやらない!」とゲームに興じ始めると、他の子どもたちもゲーム機を抱えて座り込んでしまった。ボランティアの学生が「こうなると、1時間は動かないんです」とつぶやく。でも、女の子は実験に参加してくれた。

料理教室のような雰囲気のなか、大学院生が、果肉をすりつぶし、台所用洗剤や無水アルコール、アイスクリームの空容器などを使って実験を進める。アイスクリームの容器のなかに、DNAが白くふわふわした糸状になって現れると、じっと見つめていた参加者たちから小さな歓声が上がった。
「じゃあ、ドライマンゴーはどうかな?」「干し梅でやったら?」と提案が出る。試してみると、一番きれいにDNAが抽出できたのは干し梅だった。「それなら、ビーフジャーキーは?」「干したもののほうがきれいに取れるのは、なんでだろう?」という疑問がわいたところで時間切れとなった。

ボランティアへのニーズは、瓦礫撤去などの肉体労働から地域での生活支援に移行している。子どもの学習支援以外に私たちに何ができるだろうかと考えあぐねる状況にもなってきたが、住民とボランティアが直接向き合って語り合うには、横に科学を置いて一緒に眺めるというのも、お互いに気楽でいいかもしれない。次は、地域のお祭りに参加して、出店の横でサイエンス・カフェをやってみたい。

(東大医科学研究所准教授)(了)