信濃毎日新聞コラム(14)「バイオバンク」幅広い議論を(武藤)

2011/11/28

◎サイエンスの小径(信濃毎日新聞2011年11月28日掲載)
▽「バイオバンク」幅広い議論を▽武藤香織


病院で、検査のために採取した血液や尿の残り、あるいは手術で切除した患部などを、廃棄せずに、将来の医学研究のために使わせてほしいと頼まれた経験はないだろうか。近年、こうした研究の営みについて、提供者に詳しく説明することが求められている。たとえば、東京にある国立がん研究センターでは、新たに説明員を置いて患者に依頼したところ、90%以上の患者から同意が得られたという。
だが一方で、提供した生体試料の行方についてはどうだろう。ホームページなどで公表している研究機関もあるが、一般には知られていないのではないだろうか。

患者が提供した試料は、その病院の医師たちが中心になって研究に用いることが多い。専門的な解析をするために、共同研究先の研究機関や企業に試料を送る場合もある。

また、そのほかに、「バイオバンク」と呼ばれる機関に収められることがある。バイオバンクとは、生体試料をさまざまな研究に活用できるように保管し、研究者や企業に提供する機関の総称だ。試料を使いたい人に対して、一定の審査を経て、提供することが多い。

バイオバンクは1990年代から世界各国で構築されはじめ、日本にもある。たとえば、さまざまな病気の細胞から作ったiPS細胞(人工多能性幹細胞)を収集するバンクが設けられた。また、脳に関する病気を解明するために、死後の脳を収集するバンクもある。多様な研究に対応するには、多様な試料を収集することが必要になる。

アメリカでは60年代から、研究のための試料収集に関して、患者団体と研究者が話し合い、協力してルールを決めてきた歴史がある。90年代以降は、患者団体がバイオバンクを運営する取り組みも始まり、患者と研究者の関係は、徐々に対等な関係になってきた。だが、日本ではまだバイオバンクの存在自体があまり知られていない。

今般、国会で成立した第3次補正予算で、新たに「東北メディカル・メガバンク」が構築されることになった。最先端の研究や診療を実施する拠点として、震災被災者から試料やデータも収集するというが、被災地の人たちがその意義を認め、現地の医療態勢の立て直しと充実に寄与するバンクとすることができるかどうかが大きな課題だ。今後、バイオバンクをめぐって、幅広く活発な議論が起こることを願いたい。

(東大医科学研究所准教授)