『実践から学ぶ医療社会学 人びとは「医学的知識」とどのように向き合っているのか』(ナカニシヤ出版)を刊行しました。李は編者として、木矢は編著者として、河田は著者として参加しています。
本書の関心は、サブタイトルにもあるように、人びとが「医学的知識」とどのように向き合っているのかにあります。私たちは、患者として診断を受け病気と向き合うとき、あるいは家族の病気について調べるときに、医学的知識と向き合っているといえます。しかしそれだけではなく、風邪をひいて市販薬を手にとるとき、外出から帰って手を洗うとき、日常のなかにも医学的知識とのかかわりは潜んでいます。本書はそうした営みを、インタビューやエスノメソドロジーといった質的研究の手法を通じて丁寧に解きほぐしていこうとする一冊です。
本書は、がんや遺伝性疾患の患者・当事者の経験を扱う第Ⅰ部と、精神科医やフライトナースなど専門家の現場実践を扱う第Ⅱ部で構成されています。李は第Ⅰ部ナビゲーションを、河田は第2章を、木矢は第4章をそれぞれ執筆しており、各章の末尾にはそれぞれコラムも寄稿しています。
第2章「私たちはいかにして『AYA世代』となったのか――新たなカテゴリーの成立とメンバーシップの再構成」では、がん医療において、思春期及び若年成人期のがん患者や経験者を指す「AYA世代」に注目します。本章では、医療における「AYA世代」の発見と普及の経緯と日本のがん対策における制度化の過程をたどるとともに、若年がん患者会の会報誌の分析を通じて、「若年がん患者」から「AYA世代」へと移行する語りの変化を検討します。A.ギデンズの再帰性概念を手がかりに、知識・制度・当事者の経験が相互に関わりながら再構成されていく過程を紐解きます。
第4章「保因者と医学的・遺伝学的知識――保因者の思考と遺伝学的リスクの捉え方」では、本人は発症しないものの次世代に原因遺伝子を受け継がせる可能性のある、遺伝性疾患の女性保因者2名を対象に、本人らが遺伝学的リスクをどのように受け止め、結婚や出産の選択をどのように意味づけているのかを探っています。社会学者N.ルーマンの「リスク」と「危険」の概念を手がかりに、2名の語りを対比的に検討することで、保因者の思考のあり方や、遺伝学的リスクの捉え方の多様性を描き出しています。
また本書は、卒論・修論の執筆を念頭に置いたテキストとしての側面も持っており、各章が「問い→調査→分析→考察」という論文の組み立てを学べるよう構成されています。医療社会学を学ぶ学生から、現場で働く医療従事者など、医学的知識と向き合う幅広い方々に手にとっていただけると幸いです。
目次:
まえがき
序 章 医療社会学の新たな試み(河村裕樹)
1 「医学的知識と向き合う」社会のなかで
2 これまでの医療社会学とその課題
3 医療化論と「仮面はがし」の説明図式の持つ課題
4 医学的知識との多様な向き合い方を記述するために
5 本書のねらい
第Ⅰ部 当事者の経験・共同性・知識のやりとり
第Ⅰ部 ナビゲーション
第1章 乳房再建の選択をめぐる知識と身体的コミュニケーション
――再建乳房を見る・触ることの語りから(菅森朝子)
1 再建乳房が写されたポートレート写真を見せてもらう
2 乳房再建術とは何か
3 再建乳房を見る・触るコミュニケーションの実際
4 再建経験者の再建乳房を見る・触ることの意義
コラム 「あなたは当事者ではないのに、どうしてそんな熱心に私たちのことを知ろうとしているのですか」(菅森朝子)
第2章 私たちはいかにして「AYA 世代」となったのか
――新たなカテゴリーの成立とメンバーシップの再構成(河田純一)
1 カテゴリー化と医療社会学の視点
2 医療・政策における「AYA 世代」の成立過程
3 カテゴリーの受容とアイデンティティの再構成――若年性がん患者会の事例から
4 制度的再帰性のダイナミズム
コラム 自分(たち)のことを研究するということ
――当事者性と方法論の選択(河田純一)
第3章 がんゲノム医療の知識と患者会活動
――肺がん患者会でのフィールドワークから(齋藤公子)
1 はじめに
2 先行研究
3 調査概要
4 グループOでのフィールドワークから
5 おわりに――「患者の知識」がやりとりされる患者会活動の意味とは
コラム セルフヘルプグループ研究とピアサポート論(齋藤公子)
第4章 保因者と医学的・遺伝学的知識
――保因者の思考と遺伝学的リスクの捉え方(木矢幸孝)
1 保因者の経験をめぐって
2 方 法
3 保因者の経験――A さんの語り
4 保因者の経験――B さんの語り
5 「リスク論的思考」と「リスク/危険」概念にみる保因者の語り
6 保因者が医学的・遺伝学的知識とともに生きるということ
コラム 身体・告知・出産からみる遺伝性の病い(木矢幸孝)
第Ⅱ部 医療・福祉的場面の相互行為
第Ⅱ部 ナビゲーション
第5章 精神医学的知識との向き合い方
――精神科医による実践的推論に着目して(河村裕樹)
1 精神医学的知識をめぐる諸課題
2 精神科ケースカンファレンスの調査
3 実践的推論を跡づける
4 複数の見立ての並立を可能にする精神科医の実践的推論
5 精神医学的知識との向き合い方を記述するために
コラム 病院フィールドワーク(河村裕樹)
第6章 多職種協働を対象とした研究のハイブリッド性と専門家のスキルの記述
――フライトナースのプレホスピタルケアの実践から(松永伸太朗・池谷のぞみ)
1 フライトナースの実践から専門家の協働を考える
2 プレホスピタルケアとフライトナースの実践
3 ワーク(仕事)の記述とハイブリッド性
4 プレホスピタルケアの実践的マネジメント
5 OJT を通したスキル形成とハイブリッド研究
コラム ドクターヘリへの院内救急救命士の同乗事例(松永伸太朗・池谷のぞみ)
第7章 音楽療法の効果はどのように説明されるのか
――精神医療における音楽療法に着目して(吉川侑輝・河村裕樹)
1 「効果」を説明することの難しさ
2 説明実践への着目
3 調査の概要
4 音楽療法の効果はどのように説明されるのか
5 異なる専門職同士の連携にむけて
コラム 音楽療法のなかの薄い記述、厚い記述
――セラピストたちへのインタビューから(吉川侑輝)
第8章 「マルチタスク」はどのように達成されたか
――科学技術研究所で働く発達障害者たち(海老田大五朗)
1 問題の所在
2 研究方法と研究対象
3 協働作業の分析
4 何が「マルチタスク」を可能にしたか
5 マルチタスクを可能にするのは注意の分散というよりむしろ時間の管理である
コラム 障害者雇用のフィールドワーク(海老田大五朗)
あとがき
索 引
新領域創成科学研究科の医療イノベーションコースでご一緒している冨尾 淳先生が編集された、雑誌「公衆衛生」2026年 05月号の「特集 公衆衛生倫理」に「パンデミックでの倫理的課題──WHO倫理・COVID-19作業部会の活動より」を寄稿しました。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいて、WHOで実施された活動に参加した経験を振り返りました。備忘録として、また次のパンデミックでの対応にお役に立てばと思います。ぜひご覧ください。
このたび、ナカニシヤ出版より『遺伝性の病いとともに生きるーー球脊髄性筋萎縮症患者と保因者の経験』が刊行されました。
本書は、球脊髄性筋萎縮症(きゅうせきずいせいきんいしゅくしょう)という遺伝性疾患の患者および保因者の方々へのインタビュー調査を通じて、遺伝性の病いとともに生きることの経験について描いた一冊になります。
本書の特徴は、遺伝性の病いの経験を「人生の途上」という視点から描き出した点にあります。遺伝性の病いや遺伝学的リスクに関する問題が人生の途上で浮上するとき、人びとは結婚や出産のあり方、家族との関係、自己の生の意味づけを問いなおし、人生を再構築していきます。本書では、その過程における遺伝学的リスクの意味づけ、「遺伝学的責任」の多様なあり方、そしてリスク論的な思考に収まりきらない生のありようを、個別の語りを通して明らかにしています。
人生の途上で自己と遺伝性疾患が結びついた患者や保因者が、自分たちの病いや遺伝学的リスクをどのように受容し、意味づけてきたのか——分析の際に心がけたのは、それぞれの意味づけや判断には、その人なりの固有の論理があるということです。他者からすると一見非合理に見える選択であったとしても、本人の中では一定の論理を持つものとして意味づけられていることを読み手にも伝わるように努めました。
これまで球脊髄性筋萎縮症の患者や保因者の声は、学術的にはほとんど知られていませんでした。本書において取り上げている語りは一部に過ぎません。ただ一部であったとしても、その声を学術的に可視化できたことについては嬉しく思います。ぜひ手に取っていただけますと幸いです。
最後になりましたが、調査にご協力いただいた皆さま、患者会である「SBMAの会」、様々な場でご助言・ご指導いただきました先生方、そして研究仲間に、心より御礼申し上げます。
公益社団法人認知症の人と家族の会が実施した、「研究における認知症当事者のニーズと参画の推進に関する調査研究事業」(令和7年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金)に、検討委員会の委員長として参加する機会をいただきました。
2024年1月に施行された、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」に基づく「認知症施策推進基本計画」の重点目標(2024年12月)では、「認知症の人と家族等の経験・意向を踏まえながら研究テーマを構成する当事者参画型研究を推進する」ことが謳われています。この事業では、どのように当事者の研究ニーズを聞き、どのように参画を実現できるのかを様々な意見交換の工夫を凝らして模索しました。このたび、読み応えのある報告書が刊行されましたので、ぜひご一読ください。

『医学のあゆみ』 296巻10号 (2026年3月発行)(特集:希少遺伝性疾患の最前線〜科学と社会をつなぐ)に、「希少疾患のゲノム情報の利活用とELSI(倫理的・法的・社会的課題)」を寄稿しました。
渡部沙織, 武藤香織, [2026]「希少疾患のゲノム情報の利活用とELSI(倫理的法的社会的課題)」『医学のあゆみ』第269巻10号, 968-972. doi: https://doi.org/10.32118/ayu296100968.
国内で希少疾患のゲノム情報の利活用が推進され,データ利活用の基盤整備が行われている状況に伴い,2023年に「ゲノム医療推進法」が施行されました。現在、2025年11月に閣議決定された「ゲノム医療施策に関する基本的な計画」に基づいてゲノム情報に基づく差別や偏見の防止のための取り組みが開始されています。
一方で、2000年代から早期に遺伝差別禁止法制を整備してきた諸外国でも、既存の規制が及ばない領域での新たな課題が生じてきています。また、AI技術の導入や、産業界も含めた国際的な幅広い利活用の促進は、従来は想定されていなかったゲノム情報のプライバシーリスクの懸念に関する議論を生じさせています。
本稿では、希少疾患領域のゲノム解析研究の推進と法整備の状況を概観しながら、ゲノム情報に基づく差別・偏見への対処などをはじめとするELSI(倫理的・法的・社会的課題)について整理し、今後の課題について考察しました。(渡部)
特任研究員の西 千尋です。
『科学技術社会論研究』に、生体分子や非生体分子を用いて設計/構築する「分子ロボット」分野の研究者・学生へのインタビュー調査を行った短報が掲載されました。
文献情報:
西 千尋、桜木真理子、見上公一 2026:「分子ロボティクスにおける協働を支援する試み 『「研究者の自治」のためのレファレンスブック』に関する考察」『科学技術社会論研究』、24、67-75.
本稿は、以前私が札幌医科大学 桜木真理子氏、慶應義塾大学 見上公一氏と共編著したオープンアクセスの読み物『「研究者の自治」のためのレファレンスブック』(以下、レファレンスブック)が、どのように受け入れられたかを検証したものです。
対象読者である分子ロボティクス分野の研究者や学生に対してインタビューを通じて示唆された、レファレンスブック作成者の意図との関連性や、インタビューに応じた研究室を主宰する研究者と、学生・若手研究者のすれ違いについて描かれています。
もしよければ、お手に取ってお読みください。
雑誌「周産期医学」(Vol.56 No.1)の「特集 周産期における生命倫理を考える」に三村恭子・武藤香織「進みゆく周産期医療を支える科学技術のELSI(倫理的,法的,社会的課題)を考える」を寄稿しました。
当研究室特任研究員の河田です。この度、立教大学経済学部の安藤道人教授との共著論文が、『医療経済研究』Vol. 37 No. 1 に掲載されましたのでご報告いたします。
本論文では、高額な医療を受ける患者さんの生活に直結する「高額療養費制度」の2024年度改革案に焦点を当て、その政策決定過程を詳細に分析しました。
■ 論文タイトル 高額療養費改革案はどう見送られたのか:2024 年度案の政策形成・修正過程と患者運動
[記事へのリンク: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhep/37/1/37_2025.05/_article/-char/ja/]
■ 研究の背景と概要 本研究では、2024年度の高額療養費制度改革案に焦点を当てています。 具体的には、2024年12月に提示された「自己負担限度額の引き上げ案」が、患者団体の反対運動や野党からの批判を経て、2025年3月に異例の「見送り」決定となったプロセスを取り上げました。
論文の主なポイントは以下の通りです。
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歴史的経緯の整理 高額療養費の自己負担額引き上げ案が提示され、見直されるに至った経緯を詳細に整理しました。具体的には、高額療養費の創設から2024年の引き上げ案の決定までの歴史的な経緯を整理した上で、2024年末から2025年3月にかけての引き上げ案の政策修正過程を検討しました。
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政策修正過程と患者運動の分析 一度提示された引き上げ案がなぜ修正されたのかを、その過程で重要な役割を果たした患者団体の運動に着目しました。患者団体が、要望書・アンケート・署名活動・ロビー活動・専門家との連携などを通じて引き上げ案の政策論点化と世論形成に成功し、最終的に見送りが実現した経緯を検証する
政策形成の現場で何が起きていたのかを記録・分析することは、今後の医療政策と患者参画のあり方を考える上で重要な意味を持つと考えています。
■ 共同研究者 立教大学 経済学部 教授 安藤道人 先生
■ 今後に向けて 今回の分析対象となった一連の患者運動には、私自身も一人の運動当事者として参加しておりました。その渦中で得た経験や視座を、アカデミズムの場できちんと言語化し、記録していくことも研究者として大切だと感じています。今後も、今回のような経済学との連携をはじめ、学問領域の垣根を越え、現場の実践と研究をつなげていくことに力を尽くしてまいります。ぜひ、上記リンクよりご一読いただけますと幸いです。(河田)
特任研究員の渡部です。Allergy誌に、アレルギー領域における患者・市民参画(PPIE:Patient and Public Involvement and Engagement)に関する論文が掲載されました。
英文タイトル:Exploring Patient and Public Involvement and Engagement in Allergy Research: Cross-Disease and Cross-Stakeholder Perspectives in Japan
タイトル和訳:アレルギー研究における患者・市民参画の探究:日本における疾患横断的・ステークホルダー横断的視点
著者名:Takeya Adachi, Saori Watanabe, Yu Kuwabara, Yuki Abe, Masaki Futamura, Takenori Inomata, Keima Ito, Meiko Kimura, Keiko Kan-o, Hanako Koguchi-Yoshioka, Yosuke Kurashima, Katsunori Masaki, Mayumi Matsunaga, Haruka Miki, Saeko Nakajima, Yuumi Nakamura, Masafumi Sakashita, Sakura Sato, Kyohei Takahashi, Masato Tamari, Takeshi Tsuda, Satoru Yonekura, Mayumi Tamari, Kaori Muto, Hideaki Morita
掲載紙:Allergy
掲載日:2025年9月18日
DOI: 10.1111/all.70064
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/all.70064
慶應義塾大学と国立成育医療研究センターと共同で、東大医科研からプレスリリースが公表されておりますので併せてご覧ください。
近年、患者や市民が研究に主体的に参加する「患者・市民参画(Patient and Public Involvement and Engagement: PPIE)」の重要性が国際的に強調されています。双方向性の研究推進が可能になると、研究者にとっては研究開発を進める上での新たな視点と価値を発見することにつながったり、患者・市民にとっては負担の少ない実施体制につながり、最終的には社会が医療を育てることにもつながります。2024年に世界医師会が改訂したヘルシンキ宣言でも、医療研究における倫理的原則としてPPIEの推進が明記されました。
本研究は、日本におけるアレルギー領域のPPIEの現状を、がん・難病領域と比較することで初めて明らかにしました。全国の研究者(Principal Investigators: PIs)および患者団体(Patient Advocacy Groups: PAGs)を対象にアンケート調査を実施し、両者の意識や取り組みのギャップ、今後必要とされる支援策を検討しました。
調査の結果、アレルギー領域の患者団体は研究者との連携や参画の必要性を強く認識している一方で、研究者側ではPPIEの重要性を認識している割合が少なく、患者団体と研究者の間には「PPIEの必要性」に認識のギャップがあることが明らかになりました。また、アレルギー領域の研究者がPPIEの必要性を認識していた割合はがん・難病領域の研究者よりも低い傾向がありました。実際の研究者と患者団体の交流頻度についても、がん・難病領域と比較するとアレルギー領域の方が低い結果でした。
PPIEのためのニーズとしては、患者団体からは「患者・研究者双方の研修」「研究者と患者をつなぐコーディネーター」「成功事例やツールキットの整備」といった具体的なニーズが示されました。研究者からも「コーディネーターの存在が最も重要」との回答が多く、両者に共通した課題として認識されていました。一方で、PPIEに関連するデジタルツールの活用については患者団体の殆どが利用しているのに対し、研究者側の利用は限定的で、患者団体と研究者の間で大きな差がありました。
本研究で明らかになった患者・研究者双方へのPPIEに関する教育プログラムの提供、PPIEコーディネーターの育成、デジタルツールやPPIEの実施に関するガイドラインの開発など、アレルギー領域のPPIEを支える様々な基盤的ニーズの整備について、今後様々な取り組みや研究を通じて実現に資するよう尽力していきたいと考えています。
(渡部・武藤)
大須賀 穣・渡部 洋共編『産婦人科ゲノム医療の必修知識 図表でわかる基本・検査・治療』(診断と治療社)に「がんゲノム医療と倫理的・法的・社会的課題」(李 怡然,武藤香織)を寄稿しました。「Part 3 婦人科悪性腫瘍とゲノム異常」の冒頭に掲載されています。幅広いテーマについて簡潔にわかりやすくまとめられている本ですので、ぜひご覧下さい。
2021年に国際幹細胞研究学会(ISSCR)が改正した「幹細胞研究および臨床応用に関するガイドライン」(当研究室が日本語訳の作成に貢献)では、ヒト多能性幹細胞研究、ヒト胚や幹細胞由来胚モデルを利用する研究の実施について、「科学的に正当化されなければならない」という言い回しが何度も登場します。この論文は、ISSCRの倫理委員会のメンバーが、幹細胞研究を行う審査・監督機関、規制当局、研究者に向けて、科学的な正当化とはいかになされるべきかについて、ワークショップを開いて検討した結果をまとめたものです。科学的な正当化を構成するには、(1)科学的厳密性、(2)問題の重要性、(3)代替的な科学的アプローチとの比較、(4)段階的なアプローチ、(5)研究に伴うリスク、(6)研究環境、(7)研究者の資格といった点を考慮する必要があると結論づけています。これらの要素の背景にあるものを含めて、ぜひお読み下さい。
Jonlin EC, Fujita M, Isasi R, Kato K, Munsie M, Muto K, Niakan K, Saha K, Sugarman J, Turner L, Hyun I. What does "appropriate scientific justification" mean for the review of human pluripotent stem cell, embryo, and related research? Stem Cell Reports. 2025 Apr 17:102479. doi: 10.1016/j.stemcr.2025.102479. Epub ahead of print. PMID: 40280137.
https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S2213-6711(25)00083-9
雑誌『小児科診療』2025年 Vol.88 春増刊号(特集:これからのガイドラインの読み方,使い方)(診断と治療社)に、「社会の視点から考える診療ガイドライン〜患者・市民参画(PPI)を診療ガイドライン策定にどう取り入れるか」を寄稿しました。
診療ガイドライン策定における患者・市民参画(PPI)の現況を概観するとともに、小児科領域で子どもの意見を取り入れる際の視点や、PPIにおけるCOI(利益相反)の考え方など、今後の課題について論じています。
2024年5月に開催された、第50回日本保健医療社会学会大会で教育講演を担当しました。その内容をまとめた論文が公表されました。
武藤香織「弱い立場にある人々とともに進める研究——アイヌ民族や被爆者を対象とした研究からの教訓——」
保健医療社会学論集 35(2): 7-13, 2025.
DOI: https://doi.org/10.18918/jshms.35.2_7
この教育講演は、大会長である吉田澄恵さんが定めた大会のメインテーマ「『弱い』ままで生きられる社会のために」に頭を悩ませた結果、歴史的不正義によって脆弱な立場に置かれた2つのコミュニティと研究のあり方について考えたことをまとめたものです。ご批判を賜れれば幸いです。
吉田さんの大会長講演のまとめである「弱いままで生きられる社会のために——知の開発と共有へ——」(保健医療社会学論集 35(2): 1-6)は、吉田さんが人生を賭して挑む看護学と、保健医療社会学への愛にあふれた論稿です。ぜひご一緒にお読みください。
季刊誌「遺伝子医学」50号 特集『ELSI・PPI最前線』が株式会社メディカルドゥより出版されました。この特集はELSIのS(社会的課題)に焦点を当て、ゲノム医療・研究をめぐる広報と報道、患者・市民の参画、ゲノム研究における公正・包摂・多様性という3つのテーマを取り上げています。
この特集の基盤は、AMEDゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム「ゲノム医療・研究推進社会に向けた試料・情報の利活用とPPI施策に関する研究開発」という事業です。本特集は、研究代表者の吉田雅幸さん(東京医科歯科大学教授)、長神風二さん(東北大学教授)と一緒に企画しました。この特集を後押しして下さった編集委員の方々に御礼申し上げます。
当研究室の大学院生として関連研究に取り組んだ楠瀬まゆみさんが「ヒトゲノム研究におけるベネフィットシェアリング再考」を、佐藤桃子さんが「データの多様性確保をめぐる国際的な議論の動向」をはじめ、この分野に詳しい方々に最新のトピックを寄稿して頂きました。 私自身は、森幸子さん(全国膠原病友の会代表理事)、天野慎介さん(全国がん患者団体連合会理事長)とともに、「ゲノム・遺伝に関する差別をめぐるがん・難病当事者の経験から」を寄稿しました。ぜひご一読ください。(武藤香織)
2024年3月まで当研究室で勤務されていた、亀山純子さん(筑波大学人文社会系哲学・
Junko Kameyama, Satoshi Kodera, Yusuke Inoue
Ethical, legal, and social issues (ELSI) and reporting guidelines of AI research in healthcare. PLOS Digital Health September 19, 2024
本研究は、東京大学医学部附属病院の小寺聡医師との共同研究です。
この論文では、「社会や患者との連携に関するガイドライン作成者の取り組み」と「ガイドラインの限界と研究者の主体的な取り組みの必要性」の、大きく2つの論点を抽出しました。それらを考察し、今後も医療AIが人々に支えられて発展していくためには、報告ガイドラインの継続的な見直しが不可欠となること。また、次のステップとして、ガイドライン間の調和を図り、報告ガイドラインを臨床面におけるAIの実践に関する議論と結びつけることが重要であると結論づけています。
ここへ至るには、研究に携わる他の皆さんと同様に、見たこともない難解な専門用語群を調べ、長短様々な形式で書かれている論文の内容の整理に頭を悩ませ、ヒントになりそうな関連文献を日々漁りました。とりわけ、ガイドラインの開発者との専門的立場の違いから、自身の解釈方法の妥当性と整合性をはかることが最大の難関であったかもしれません。そういった作業の中で、医療AIをとりまく研究開発の速度と複雑性に、現在のAI研究開発に向けたガイドライン・ガイダンスは、必ずしも追いついてはいない。ということを強く感じました。このことを実感できたことは、次の取り組みに向けて大きな学びの1つであったと考えています。
執筆から実に1年以上の月日を要しました。諦めかけ、その度に井上先生に助けていただきました。研究の成果を論文にて公刊することができ、本当によかったです。本当にありがとうございました。(文責・亀山)
特任研究員の木矢です。Regenerative Therapy誌に、ヒト胚の14日を超える体外培養に関する体外受精・顕微授精経験者の態度に関する論文が公開されました。
Yukitaka Kiya, Saori Watanabe, Kana Harada, Hideki Yui, Yoshimi Yashiro, Kaori Muto.
Attitudes of patients with IVF/ICSI toward human embryo in vitro culture beyond 14 days.
Regenerative Therapy. 2024. 26: 831-836.
https://doi.org/10.1016/j.reth.2024.09.005
東大医科研からプレスリリースを出しましたので、論文とあわせてご覧下さい。
2021年5月、国際幹細胞学会(ISSCR)は「幹細胞研究・臨床応用に関するガイドライン」を改訂しました。この改訂により、ヒト胚の受精後14日以降もしくは原始線条の形成以降の体外培養を禁止する、いわゆる「14日ルール」は禁止項目から外されました。ISSCRはルールを緩和する場合、社会からの広い支持を求めていますが、研究用のヒト胚の提供を依頼されうる体外受精・顕微授精経験者が14日ルールの延長をどのように考えているのかは明らかではありませんでした。加えて、近年胚モデルを用いた医学研究も進展していますが、胚モデルに関する態度についても明らかにする必要性がありました。そこで、体外受精・顕微授精経験者を対象に、ヒト胚の14日を超える体外培養と胚モデルの研究利用をどのように評価しているのか、その理由を含めて明らかにしました。
体外受精・顕微授精経験者はヒト胚の14日を超える体外培養について全体的に肯定的に評価する傾向があり、その評価には6つの理由があることを明らかにしました。反対に、否定的な評価には2つの理由があることを示しました。
胚モデルの研究利用について、調査協力者の約7割が肯定的に評価していました。しかし、肯定的な評価をしている人の中でも、胚モデルに対する倫理的な抵抗感や胚モデルを用いた研究結果に対する不信感も語られており、肯定的な評価を下すからといって懸念がないわけではないことが示唆されました。
体外受精・顕微授精経験者はヒト胚の提供者になりうるだけでなく、再生医療や幹細胞研究の恩恵を受ける人びとでもあります。再生医療や幹細胞研究に関する「対話」において、体外受精・顕微授精経験者の関与も必要です。政府および科学コミュニティに対して、「対話」の前に医学研究についての十分な知識を提供する必要があること、胚モデルに対する抵抗感や不信感など多様な意見に耳を傾ける必要があること、体外受精・顕微授精経験者の心理的な安全を確保することが必要であること、体外受精・顕微授精経験者の肯定的な意見のみに基づいて14日ルールを早急に延長することは避けなければならないことを指摘しました。(文責・木矢)
博士課程の佐藤です。Asian Bioethics Reviewに、ゲノム研究のデータの多様性に関する論文が掲載されました。
Sato, M., Muto, K., Momozawa, Y, and Joly Y. (Not So) Lost in Translation: Considering the GA4GH Diversity in Datasets Policy in the Japanese Context. Asian Bioethics Review (2024). https://doi.org/10.1007/s41649-024-00305-5
近年、ゲノム情報を利用した病気の診断や治療を誰でも受けられるよう、その基盤になるゲノム研究の対象者も一部の人に偏らせずに、様々な人々に参加してもらおう、という動きがあります。
これに対し、ゲノムデータ利用の国際的な枠組みを作っているGA4GH (Global Alliance for Genomics and Health) という団体が、それぞれの科学者がどのようにこの動きを実践していけばよいか、というガイドを発表しました。
この論文は、そのガイドが、日本でどのように適用できるかということを検討したものです。もちろんGA4GHが想定する「様々な人々」と日本社会の「様々な人々」は、重なる部分も当てはまらない部分もありますが、日本でも社会的な背景を踏まえて検討し続けることが重要だと考えます。
本研究はGA4GHのガイド策定に関わったカナダMcGill大学のYann Joly先生との共同研究です。昨年のカナダ滞在の成果を出せて嬉しく思っております。
なお、この論文はオープンアクセスでどなたでも閲覧できます。こちらからご確認ください。
李です。博士学位論文をもとにした書籍を刊行いたしました。
李怡然. 2024. 遺伝について家族と話す―遺伝性乳がん卵巣がん症候群のリスク告知. ナカニシヤ出版.
本書は、遺伝性のがんのリスクについて家族内でどのようなコミュニケーションが行われているか、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の患者・家族へのインタビュー調査をもとに、その多様なあり方に迫ろうとしたものです。
がんは環境要因と遺伝要因が複雑に組み合わさることで生じる病気ですが、その一部は、生まれつきの遺伝子の変化が大きく関与するとわかっています。予防や治療など何らかの行動(action)につながる疾患の情報は、医学的に「対処可能」(actionable)とみなされ、当事者が遺伝学的検査を受けてリスクを知り、さらには血縁者にも情報共有することが期待されるようになりました。HBOCはその代表例として知られています。
そこで、HBOCの診断を受けた、あるいはその可能性がある患者さんとご家族が、遺伝に関するリスクをどう受け止め、いつ、誰に、どのように伝えようとするのかを明らかにしました。
親から子へ、子以外の家族・親族へ伝える上で、生じる葛藤や困難さは異なっていました。医学的な「対処可能性」は、確かに判断する際の重要な要素にはなっていたものの、実際には各々が遺伝学的検査や診療を受けた過程の経験、重視する価値観、相手との関係性によって、コミュニケーションはずっと複雑となりえます。
この先は、病気になる前から将来の発症リスクを予測することが、もっと当たり前の時代になっていくと予想されます。「知る」こと、対処できることが増えることが、私たちの生き方に何をもたらすのか、という問いかけも込めたつもりです。
貴重な経験を語って下さった調査協力者の皆様、多くの関係者のご尽力あって成果としてまとめられたことに、心より感謝申し上げます。
【追記】本学教員による著作の紹介サイトUtokyo BiblioPlazaでも、学術成果刊行助成による支援を受けた著作としてご紹介をしています。
◆本の目次:
まえがき
用語集
<第Ⅰ部 遺伝性疾患について知る/知らないでいること、伝えること>
第1章 家族内での遺伝をめぐるコミュニケーション
1 遺伝性のがんについて家族と情報共有することはなぜ重要視されているのか
2 本書のテーマと問い
第2章 遺伝/ゲノム医療の専門職の規範はどう変わってきたか
1 「知らないでいる権利」を尊重する規範の成立
2 対処可能性に基づく「知る」ことの推奨と規範のゆらぎ
3 日本におけるがんゲノム医療の課題:二次的所見をどう取り扱うか
4 血縁者との情報共有のガイドライン
5 小 括
Column1 遺伝/ゲノム医療に関わる専門職
第3章 患者・家族の「告知」をめぐる先行研究
1 遺伝性疾患の家族内のコミュニケーションに関する研究
2 「告知」という研究枠組み
3 本書における調査課題と対象の設定
Column2 医療者は患者の同意なく血縁者に告知してよいのか
<第Ⅱ部 HBOC患者と家族へのインタビュー調査>
第4章 調査の対象と概要
1 遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とは何か
2 調査の目的
3 調査方法
4 調査結果の章構成
第5章 遺伝学的検査とリスク低減手術にまつわる意思決定
1 調査協力者の属性
2 遺伝学的検査の受検に至るまで
3 検査結果を「知る」ことのインパクト
4 遺伝学的検査を受検しない理由
5 リスク低減手術の意思決定
6 小 括
第6章 親から子へのリスク告知
1 調査協力者の属性
2 遺伝について伝えるステップと役割の認識
3 遺伝について伝える:子の発症前検査への態度に着目して
4 遺伝について伝えない
5 遺伝について伝えられた子の受け止め
6 小 括
第7章 血縁者・親族へのリスク告知
1 調査協力者の属性
2 伝えることへの責任感
3 伝えることに伴うジレンマ
4 小 括
第8章 リスク告知のパターンと多様な価値観
1 遺伝性疾患のリスク告知のモデル
2 告知の意思決定に関わる要素
3 告知の困難さと乗り越える戦略
4 親としての子の結婚・出産への気がかり
5 家族内のピアとして子を支える
6 医療者の告知における関わりの限定と可能性
第9章 ゲノム医療の時代を生きる当事者=私たち
1 臨床の実践や支援への示唆
2 予測・予防が求められる社会の「リスク告知」
あとがき
Abstract
「NPO法人境を越えて」というユニークな団体があります。ALS当事者である岡部宏生さんが創設された、「身体がどんなに不自由でも、その人らしく地域で暮らせるしくみ作りを考えるNPO法人」です。ユーザーと介助者が一緒にフラットに活動されています。岡部さんには、日頃からお世話になっていて、私の精神的支柱のような存在です。
この団体が出版しているコラム集「境を越えた瞬間」Vol.4に寄稿の機会を頂きました。
https://note.com/npo_sakaiwokoete/n/n94ee6676f271
私は、岡部さんのように、日々の一分一秒、常に境が存在し、それを越えられた、あるいは越えられなかった、という思いや痛みを抱えて暮らしているわけではありません。
また、岡部さんは、色々な学会で生命倫理の議論を聞いていて、浅い人たちだと思ってしまう、なんのために学問があるのかと仰っていました。
そんな岡部さんに向けて、何を書けばいいかなと迷いながら、『遺伝を取り巻く「境」を越えたい』というコラムを書きました。
受け止めてくださったというお返事をもらって安堵しつつ、精進せねばと思っています。
博士課程の佐藤です。『生命倫理』に「研究に先立つ協議と自由意思による同意(Free, Prior, and Informed Consent: FPIC)」に関する論文が掲載されました。
佐藤桃子、井上悠輔、武藤香織「FPIC(研究の開始に先立つ協議と自由意思による同意)概念の検討—アイヌ民族研究の倫理指針案を手がかりに—」『生命倫理』33号、2023年
https://doi.org/10.20593/jabedit.33.1_61
現在、北海道アイヌ協会・日本人類学会・日本考古学協会・日本文化人類学会は「アイヌ民族に関する研究倫理指針」を策定中です。2020年12月に公表されたこの指針の案には、日本の研究ガイドラインで初めてFPICという概念が導入されているため、この概念の背景と日本に導入することの意義・課題を検討しました。
FPICは、元々は先住民族の土地やエネルギーの開発問題から生まれた概念です。国連を中心とした議論により、先住民族に関わる資源開発では事前に先住民族と協議することが求められるようになったのと同時期に、ヒトDNAの研究でもゲノムデータだけを搾取するような研究が問題視されたことから、ゲノム研究においてもFPICが言及されるようになってきました。FPICの理念を組み込んだ研究倫理ガバナンスの実践はカナダや台湾でも見られます。
この概念が日本に導入されると、日本で初めて研究倫理において個人に対するインフォームド・コンセントの枠組みを超えて、アイヌ民族の集団的な研究参画の権利が尊重されることになります。一方で、元々は先住民族の自治権から生まれたFPICが、研究参画の協議という形で実践されていくことになるため、ガイドラインの完成後も継続したモニタリングが必要と考えます。







