Human Genome Variation誌に健康医療情報のクラウド・コンピューティングの研究利活用への市民意識調査の論文が掲載されました(武藤・楠瀬)

2023/04/17

後期博士課程の楠瀬です。

この度、医学研究へのクラウド・コンピューティングの利用とゲノム・データやパーソナル・ヘルス・レコード(個人の健康や医療に関する記録情報)の共有に関する一般市民を対象とした意識調査の結果をまとめた論文がHuman Genome Variation誌(オンライン/オープンアクセス)で公開されました。

Kusunose, M., Muto, K. Public attitudes toward cloud computing and willingness to share personal health records (PHRs) and genome data for health care research in Japan. Hum Genome Var 10, 11 (2023). https://doi.org/10.1038/s41439-023-00240-1

https://www.nature.com/articles/s41439-023-00240-1

健康医療ビッグデータなどの利活用の重要性が指摘されており、諸外国では全国規模の電子カルテシステムを連携させ、収集されたデータの保健分野や医療の改善への利用のほか、医学研究に利用する試みも行われていますが、失敗例も報告されています。他方クラウド・コンピューティング(以下、クラウド)の利用に関しても、利点とともに様々な問題点も指摘されています。

日本においてもデジタルヘルス改革のもと、パーソナル・ヘルス・レコード(個人の健康や医療に関する記録情報;以下、PHR)のクラウドによる共有や、医療・介護データの利活用に向けた整備が進められています。しかし、PHRデータの共有を求められる一般市民がどのように考えているのかに関する調査は殆ど見られません。

そこで2021年3月に医学研究へのクラウド・コンピューティングの利用とゲノム・データやPHRデータ共有への意向、そして、それらの意向にデジタルヘルスの基礎的リテラシーや商品やサービスと交換可能なポイント(以下、ポイント)などが与える影響について、一般市民を対象に意識調査を行い、5,830人(回答率20.4%)の方から回答をいただきました。

その結果、本人が特定されるような情報を取り除いたPHRデータ(カルテデータ、健康診断データ、遺伝子検査データ、スマートフォンの健康アプリデータ、ウェアラブルデバイスの健康データ)の医学研究への共有に対する懸念はデータの種類による差はなく、情報漏洩(≧55.5%) 、本人の知らないところでのデータ利用(≧50.4%)、情報の不正利用(≧48.8%)が上位の共通する懸念として抽出されました。また、本人が特定される情報を取り除いたデータを利用する場合であっても、遺伝子検査データでは約5割(49.5%)、その他の種類のデータではおよそ4割(≧38.5%)の回答者が、本人が特定されるのではないかとの懸念を抱いていることが分かりました。加えて、これらの懸念は、セキュリティなどクラウドのシステム的な問題とも重なることが分かりました。さらに医学研究へのデータ共有の意向は、デジタル・ヘルスに関する基礎的リテラシーと関連があり、ポイントによるインセンティブの影響は限定的である可能性が示唆されました。

クラウドを利用したゲノム研究においては、クラウド利用者(研究者)と研究参加者の構造的な脆弱性が生じている可能性もあり、これらの脆弱性克服のためにも患者市民参画が重要な役割を果たすことが期待されます。

 

続きを読む

人体の研究利用・流通と「対価」設定をめぐる論文が発表されました(井上、原田)

2023/03/10

国を跨いだ政策調整がすすむ「個人情報」保護とは対照的に、人の細胞・試料の流通については、各国間で多様なルールが存在しています。多くの先進国では90年代前後に、人の細胞・試料をめぐる立法の再編が進みましたが、日本では議論自体が中断して今日に至っています。

我々の検討によれば、日本では、人の細胞・組織の「提供」に関する国の政策文書が約30に分かれて存在してきました。現行のものでも、古い規定は実に1940年代に遡るなど、研究の展開に対応する形で更新されていない面があります。

とりわけ注目されるのは、細胞・組織の「無償原則」をめぐる混乱です。研究活動への提供やその後の流通における対価の設定のあり方をめぐって、分野ごとに「無償」の採否やその内容が検討された結果、言葉の定義が異なっていたり、根拠が明確でない形で制約が設けられてきたりしました。国内では人サンプルをめぐる規範が定まらない中、海外からは胎児試料を含む多種多様な人体由来試料を安価に購入できる状況があるなど、いわゆる二重基準が生じています。

再生医療の展開やバイオバンク、ヒト全ゲノム解析の進行など、人試料の領域を超えた活用はますます重要なものとなっていますが、その一方、提供や流通をめぐる決定や手続の多くが不透明であったり、場当たり的に展開したりしている現状の不安定さが示唆されます。研究開発と市民・社会とが目標を共有し、一方で、情報不足や思い込みで保たれている短期的な「平穏」に安住しないよう、そして倫理指針が真に「倫理」をめぐる指針となるよう、議論を再開するべきではないでしょうか。

Inoue Y., Masui T., Harada K., Hong H., Kokado M. Restrictions on monetary payments for human biological substances in Japan: The mu-shou principle and its ethical implications for stem cell research. Regen. Ther. 2023. In press.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320423000147
※フリーアクセスですので、PDF版も含め、無料でご覧いただけます。

写真1は研究用試料のイメージ(フリー素材)。写真2は関連する日本国内のルール(一部)。詳細は論文を参照ください。

続きを読む

「保健医療社会学論集」に遺伝学的リスクの告知・非告知に関する論文が掲載されました(木矢)

2023/02/01

特任研究員の木矢です。「保健医療社会学論集」に遺伝学的リスクの告知・非告知に関する論文が掲載されました。

木矢幸孝
「告知しうる側」はどのような配慮を行っているのか?―遺伝学的リスクに関する告知と非告知の共通項に着目して
『保健医療社会学論集』第33巻2号, 2023

遺伝医療の進展によって遺伝性疾患の原因遺伝子が特定され、人々は自己の疾患が遺伝性疾患であることを知るようになってきました。遺伝情報は生涯変化せず、親子(血縁者)間で一部を共有しているため、遺伝性の病いに罹患した人々は遺伝学的リスクの告知の問題に直面します。本論文では、遺伝学的リスクに関する告知と非告知の共通項に着目しつつ、告知しうる側における配慮のあり方を検討しました。

その結果、告知・非告知にかかわらず、両者は「子の利益」の考慮という点で配慮のあり方は同一であることを提示しました。同時に、帰結の差異について、一方は子の「自律性の尊重」を重視し、他方は子の「危害の回避」を重視していることを示しました。最後に、両者は配慮の不確実性の中で「子の他者性」が意識されることを指摘しました。

今後は、告知の受容のあり方を含めた「告知後」に関する検討が必要だと考えています。

続きを読む

Journal of Human Genetics誌に全ゲノム解析研究に関する意識調査の論文が掲載されました(李、河田、永井、武藤)

2022/12/23

助教の李です。全ゲノム解析研究に関するがん患者・がん患者の家族・市民の期待や懸念を明らかにした論文が公開されました。

Izen Ri, Junich Kawata, Akiko Nagai, Kaori Muto
Expectations, concerns, and attitudes regarding whole-genome sequencing studies: a survey of cancer patients, families, and the public in Japan
Journal of Human Genetics, 12 December 2022(オンライン早期公開、オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s10038-022-01100-6

診断が困難な疾患の診断方法や新規治療法の開発を目指して、全ゲノム解析を行う研究が国際的に進められています。その対象となりうるがん患者やがん患者の家族の期待や懸念は、これまで日本で明らかにされていませんでした。

そこで、2021年3月にウェブ質問紙調査を実施し、がん患者1204名、がん患者の家族5958名、市民2915名の計10,077名から回答を得ました。

結果として、がん患者の全ゲノム解析研究に関する認知度は高くないものの、病気の診断や治療に有益であると期待をもっていました。他方で、がん患者とがん患者の家族は遺伝情報の保護に懸念を抱き、また、とくに家族は解析結果を知ることによる不安、遺伝性疾患がわかった場合に不利な取扱いを受ける可能性を心配していました。

国は現在、がんと難病の患者を対象に10万人規模の「全ゲノム解析等実行計画」を推進しています。全ゲノム解析では多様な疾患領域の結果が明らかになる可能性があり、長きにわかってフォローが必要となります。これに対応した研究参加者の相談・意思決定支援の体制や、遺伝的特徴・遺伝情報に基づく差別を防止する体制の整備が不可欠といえます。

この調査では20-30代の回答者数が限られており、また、調査時点からは少しずつ周知や啓発が進みつつあります。今後は、特に全ゲノム解析の成果が期待される希少難治性がんや、小児・AYA(Adolescent and Young Adult)世代のがん患者と家族の期待や懸念を継続的に把握し、意見を反映させる取組みが大切だと考えます。

■くわしくは以下のプレスリリースもご覧ください。

全ゲノム解析研究に関する意識調査 ―がん患者、家族、市民の期待と懸念は?―

続きを読む

「保健医療社会学論集」に論文が掲載されました。(木矢)

2022/08/18

特任研究員の木矢です。『保健医療社会学論集』に保因者の遺伝学的リスクの意味づけに関する以下の論文が掲載されました。

木矢幸孝
「遺伝学的リスクの意味づけに関する別様の理解可能性」
保健医療社会学論集,33(1): 56-65,2022年7月.

遺伝学的検査の出現は人々に自身の遺伝学的リスクと向き合うことを可能にしています。先行研究では、主として遺伝学的リスクを有する個人はそのリスクに対して罪悪感や責任感等を抱いていることを示してきましたが、遺伝学的リスクを「大きな問題」ではないと語る人々の経験は十分に分析されていませんでした。そこで遺伝学的リスクを「大きな問題」として捉えていない球脊髄性筋萎縮症(SBMA)保因者の語りをN. Luhmannの「リスク」概念と「危険」概念を用いて分析することで、遺伝学的リスクの意味づけに関して、これまでとは別様の理解を示すことを目的に検討をしました。

その結果、遺伝学的リスクを「大きな問題」ではないと語る人とそうでない人はリスクの意味内容が異なり、両者には保因者の役割や子どもに対する責任の所在において差異があることを示しました。同時に、両者は遺伝学的リスクの問題化の認識において、時間軸上にずれがあることを提示しました。

遺伝学的リスクの意味づけの仕方は個々人によって異なりますが、その意味づけの背景や理由まで含めて理解することが大切だと感じています。その一端を明らかにできたことが今回の拙稿の意義だと思います。

研究業績はresearchmapよりご確認ください。

続きを読む

日本公衆衛生雑誌に論文が掲載されました。(永井・李・藤澤・武藤)

2022/06/21

永井です。地方自治体が公表した新型コロナウイルス感染症の感染者に関する情報について調査した結果をまとめた論文が公開されました。

永井亜貴子、李怡然、藤澤空見子、武藤香織
地方自治体におけるCOVID-19感染者に関する情報公表の実態:2020年1月~8月の公表内容の分析
日本公衆衛生雑誌 早期公開(第69巻第7号に掲載予定)
DOI: https://doi.org/10.11236/jph.21-111

厚生労働省は、地方自治体への事務連絡で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む一類感染症以外の感染症に関わる情報公表について、「一類感染症が国内で発生した場合における情報の公表に係る基本方針」(基本方針)を踏まえた適切な情報公表に努めるよう求めています。しかし、自治体が公表した情報を発端として生じた感染者へのスティグマへの懸念が指摘されており、新型コロナウイルス感染症対策分科会の偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループのこれまでの議論の取りまとめにおいても、地方自治体による公表がCOVID-19感染者等への差別的な言動の発端となった事例があると報告されています。

そこで、本研究は、地方自治体におけるCOVID-19の感染者に関する情報公表の実態を明らかにすることを目的として、都道府県・保健所設置市・特別区が2020年1~8月に公式ウェブサイトで公開していたCOVID-19感染者に関する情報を収集しました。収集した情報について、厚生労働省が基本方針で参考とするように求めている「一類感染症患者発生に関する公表基準」(公表基準)で示されている項目の公表の有無、感染者の個人特定につながる可能性がある情報が含まれていないかを確認し、公表時期による公表内容の違いがあるかを分析しました。

その結果、公表基準で非公表と示されている感染者の国籍・居住市区町村・職業が公表されており、2020年4月以降では居住市区町村・職業を公表する自治体が増加していることがわかりました。また、公表内容に感染者の勤務先名称や、感染者の家族の続柄・年代・居住市区町村などの個人特定につながりうる情報が含まれている事例があることも明らかとなりました。

COVID-19患者の国内発生1例目から2年以上が経過し、その特徴や感染経路などが明らかになってきた現状において、感染者の個人情報やプライバシーを保護しつつ、感染症のまん延防止に資するCOVID-19に適した情報公表のあり方を検討することは、喫緊の課題と考えられます。また、検討により決定した情報公表の方法や内容については、市民や報道機関に丁寧に説明し、理解を得ることが必要であると考えています。

本研究が、COVID-19に関する情報公表の基本方針の見直しや、今後の新興感染症に備えた議論の一助になれば幸いです。

続きを読む

厚労科件「医療AIのELSI」について2021年度の活動の成果をまとめました。

2022/06/02

厚生労働科学研究費補助金「医療AIの研究開発・実践に伴う倫理的・法的・社会的課題に関する研究」(政策科学総合研究事業(倫理的法的社会的課題研究事業))の成果をまとめました。総論の他、以下の分担研究報告が収められています(執筆者など詳細は本体参照のこと)。※添付したのは暫定版であり、微修正が生じる可能性があります。

  • 疾患予測ツールの位置づけとリスク対応に関する研究
  • 診療録サマリー作成支援のAIをめぐる医師の意見から
  • 心理学的支援への情報通信技術導入について
  • 医療AI研究開発における倫理的諸問題に関する資料の基本項目の検討
  • 医療AIの開発と利活用をめぐる諸課題と架空事例作成
  • 医療用AI導入に関するフォーカス・グループ・インタビュー
  • 医療AIを考えるための架空事例も6件新たに追加されています。

この活動の間、海外ではWHOの報告書、国内では日本医師会の答申も示されるなど、この話題に関する議論が展開されるようになりました。「AI」のみの議論というより、医療やそのインフラ、医師の行為のあり方をめぐる議論として、多角的に検討するための一つの切り口だと考えています。(井上)

続きを読む

Frontiers in Public Health誌に論文が掲載されました。(井上)

2022/05/23

井上です。冬に執筆していた論文が刊行されました(オープンアクセスです)。

本論文は、『新型コロナウイルス感染症の予防接種の進捗は、各国における臓器提供の活発さのパターンと似ている』という状況に注目し、その背景を「信頼」や「社会連帯」を糸口に考えています。

OECD諸国における予防接種の展開を見ていると、急速に普及する国もあれば、早く始めても苦戦している国があったりします。各国で接種が本格化した2021年の夏・秋の状況を見ると、予防接種の展開は、その国における従来の移植臓器提供の活発さと有意な相関関係があるようでした。多変量解析の暫定的な結果によれば、「医療者・医療への信頼」が双方に共通のプラス要因であることも示唆されています。公衆衛生と社会のあり方を考えるヒントがあるかもしれません。


Inoue Y. Relationship Between High Organ Donation Rates and COVID-19 Vaccination Coverage. Front Public Health. 2022 Apr 11;10:855051. (doi: 10.3389/fpubh.2022.855051.)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35480588/

続きを読む

Therapeutic Innovation & Regulatory Science誌に論文が掲載されました。(北林、井上)

2022/04/06

D4の北林です。

このたび、Therapeutic Innovation & Regulatory Science誌に以下の論文が掲載されました。

Aki Kitabayashi, Yusuke Inoue
Factors that Lead to Stagnation in Direct Patient Reporting of Adverse Drug Reactions: An Opinion Survey of the General Public and Physicians in Japan
Therapeutic Innovation & Regulatory Science. 2022 Mar 27. doi: 10.1007/s43441-022-00397-x.
https://link.springer.com/article/10.1007/s43441-022-00397-x

薬を服用後には、効き目(主作用)だけでなく、好ましくない副作用が生じることがあります。こうした副作用の情報を、規制当局に報告し、薬の安全な使用のために活用する制度があります。この制度を用いて、日本でも欧米に倣い、近年、新たに患者・市民も報告ができるようになりました。しかし、その実績は日本で大きく低迷しています。

そこで、この背景を検討するべく、「市民」および市民への情報提供や行動をはたらきかける機会を持ちうる「医師」を対象として、制度に関する認知度や受け止め方を調査しました。調査の方法としては、日本全国の市民、医師を対象に質問紙調査を行い、市民845名、医師300名から回答を得ました。その結果、市民の大半は、制度の存在を認識していませんでしたが、制度に賛同する市民も多くいました。医師においては、制度の認知度は市民よりも高かったものの、制度に肯定的な医師は半数に達せず、その理由として、市民自身の副作用に対する判断や規制当局による評価への懐疑的な声が目立ちました。

本論文の執筆中に最も頭を悩ませたのは、市民及び医師共に、副作用をはじめとした医療提供の内容については「医療従事者にお任せ」という考えが根付いていそうだという点です。市民自身が動くべきこの制度を普及させるために、市民及び医師においてどのようなマインドチェンジが必要か、引き続き考えていきたいと思います。
本制度を改善していくため、今回の調査が、制度に対する市民や医師の姿勢、制度の認知度や報告のハードルの高さを解消するための規制当局の取組み、医師に限らず幅広い職種の医療従事者の関与を見直すきっかけの一つになれば幸いです。

続きを読む

日本医師会「医療AIと生命倫理」答申作成に参画しました(井上)

2022/03/10

医療におけるAIをはじめとした先端ICT技術の活用について、日本医師会の生命倫理懇談会が答申を発表しました。井上も作成・執筆に参画しました。

本答申は5つのパートより構成され、最後のパートが「まとめと提言」に当たります。ここでは「医療AI」の開発と活用にあたって留意すべき6つの提言が示されています。例えば、「人間の意思が尊重されること」「責任の所在をあいまいにしないこと」「教育と研究の推進」などです。

2022年にWHOが医療AIをめぐるガイダンスを発表するなど、改めて医療におけるAI倫理が関心を集めています。こうした海外の状況をまとめつつ、現在直面している個人情報の活用や、今後想定される臨床現場での諸問題を検討したものとなっています。特に、井上は倫理的課題の執筆を担当しました。

人間のよさ・AIの可能性、それぞれが活かされ、また引き出されるような形で、開発と普及が進むことを願います。


日本医師会・生命倫理懇談会答申「医療AIの加速度的な進展をふまえた生命倫理の問題」
https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20220309_3.pdf
日本医師会プレスリリース
https://www.med.or.jp/nichiionline/article/010536.html

続きを読む

日本遺伝カウンセリング学会誌に論文が掲載されました。(佐藤、武藤)

2021/12/07

D2の佐藤です。

このたび、日本遺伝カウンセリング学会に以下の論文が掲載されました。

佐藤桃子、神里彩子、武藤香織「出生前遺伝学的検査における用語「マススクリーニング」使用に関する言説分析」『日本遺伝カウンセリング学会誌』42:307-317, 2021

日本の出生前遺伝学的検査のガバナンスにおいて、「マススクリーニング」は一貫してやってはいけないことであり、回避すべきあり方だとされてきました。
しかし、「マススクリーニング」が具体的にどのような実施のことを指しているのかは、必ずしもはっきり定義されているわけではありません。
本研究では、1990年代に導入された「母体血清マーカー検査」と、2010年代に導入された「NIPT(非侵襲的出生前遺伝学的検査)」それぞれの実施方針を決めた会議の議事録と、方針に対する団体の意見書から、「マススクリーニング」がどのような実態を指して使われているか調査しました。
その結果、大きく分けて「すべての妊婦さんに強制される状態」という解釈と、「希望する妊婦さんが全員受けることのできる状態」という解釈の2つがあり、単に「マススクリーニング」ではどちらを指しているか判別できないことが分かりました。
この状況では議論が曖昧になってしまうため、今後は「マススクリーニング」という用語は使わず、「検査が強制かどうか」「対象者は誰か」の2点を明らかにして具体的に言い換えていくことを提案しました。

修士論文の内容を元にした論文で、先日の生命倫理学会でも追加の分析を加えて発表することができました。
今年、NIPTの方針について見直しが決まり、情報提供のあり方が議論されていく中で、その一助になれば幸いです。

続きを読む

遺伝性乳がん卵巣がん症候群に関する書籍にて、倫理的課題に関する章を執筆しました(李、武藤)

2021/11/19

助教の李です。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer: HBOC)について、日本の研究者・医療者から、最新の知見や臨床実践を発信する書籍が刊行されました。
本書にて、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)を論じた章を執筆いたしました。

Izen Ri, Kaori Muto. (2021)
Ethical Issues: Overview in Genomic Analysis and Clinical Context.
In: Seigo Nakamura, Daisuke Aoki, Yoshio Miki. (eds.)
Hereditary Breast and Ovarian Cancer: Molecular Mechanism and Clinical Practice. Springer, Singapore. (ISBN:978-981-16-4520-4)
https://doi.org/10.1007/978-981-16-4521-1_17

ここ十数年の間に、がんゲノム診療や研究は大きく転換を迎えました。技術革新に伴い登場した新たな論点に加えて、時代を超えても通底する倫理的な原則や、患者さんや家族を支える意思決定支援のあり方について、国内外の研究蓄積を紹介しています。

前半では、遺伝学的検査、偶発的・二次的所見の取り扱い、ゲノムデータの共有に関する近年の議論、後半では、予防的切除の倫理、遺伝情報の守秘義務と結果返却、家族内におけるリスク告知といった、臨床における諸課題に関して、共同意思決定(SDM)のアプローチを紹介しつつ、まとめました。

大学院生時代から調査や検討を続けてきたテーマであり、個人的にも貴重な機会となりました。日本と海外の研究を結ぶ一助につながれば幸いです。

続きを読む

「医療AI」に関する厚労省研究班の報告書が公表されました。

2021/06/08

「医療AI」のELSI(倫理、法、社会課題)について、厚生労働省の研究班が2019年から活動しています。AI(人工知能)と「医療におけるAI」との距離感、研究開発から臨床応用まで、また文献検討から意識調査、市民行事まで多様な取り組みを展開してきました。ここではこれまでの報告書を掲載します(全文を以下の厚生労働省のウェブサイトから見ることができます)。

医療におけるAI関連技術の利活用に伴う倫理的・法的・社会的課題(2019、2020)

厚生労働科学研究費補助金政策科学総合研究事業(倫理的法的社会的課題研究事業)
報告1(2019年5月)https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/27001
報告2(2020年8月)https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/27612

医療AIの研究開発・実践に伴う倫理的・法的・社会的課題に関する研究(2021)

厚生労働科学研究費補助金政策科学総合研究事業(倫理的法的社会的課題研究事業)
中間報告(2021年5月)未掲載

その他、ご関心がある方は以下の文献もご参照ください。

  • 井上悠輔, 菅原典夫
    医療への人工知能(AI)の導入と患者・医師関係
    -AIの「最適解」をどう考えるか
    病院 79(9) 698 - 703 2020年9月
  • 武藤香織, 井上悠輔
    医療AIと医療倫理-患者・市民とともに考える企画の試みから
    医学のあゆみ 274(9) 890 - 894 2020年8月
  • 井上悠輔
    医療AIの展開と倫理的・法的・社会的課題(ELSI)
    老年精神医学雑誌 31(1) 7 - 15 2020年1月
  • 参照:日本医師会第Ⅸ次学術推進会議報告書
    「人工知能(AI)と医療」
    医療AIの展開と倫理的・法的・社会的課題(ELSI)、2018年6月
    https://www.med.or.jp/nichiionline/article/006805.html

続きを読む

医療通訳の役割、医療AIと通訳の接点に関する調査報告の公表

2021/05/27

2018年度から、厚生労働省の研究班として、医療AI(人工知能、拡張機能)をめぐる倫理、法、社会的な諸課題の検討を行っています。このたび、医療現場で「人」「機械」が果たす役割を考えるための一つの視点として、患者と医療者をつなぐ「言語」、特に外国人医療における通訳の方の役割と未来のあり方に注目して、調査を行いました。

『医療通訳の役割・多言語音声翻訳ツールに関する意識調査:医師・医療通訳者を対象とした質問票調査を通じて』

この報告書には大きな特徴がいくつかありますが、特に次の二つを挙げます。

まず、この調査では、200名を超える全国の医療通訳の方々のご厚意により、医療現場における通訳者の役割や、言語処理の機械化・自動化の影響に関する回答を得ました。その際、全9言語(日本語、英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、タガログ語、ベトナム語、インドネシア語)の設問を用意しました。日本語の設問に対応できない方、非英語に対応する通訳の方にも多く協力いただきました。これらの方々に記載いただいた自由回答もすべて日本語に訳して巻末に収載しています。

また、この調査では300名を超える医師からも回答をいただきました。医療現場での音声機械翻訳の主たるユーザーは医療者です。そこで医師の視点からも、通訳者の役割やAIツールへの期待や懸念について調査を行い、通訳者の回答と比較をしてみました。

回答内訳グラフ

検討をすすめるなか、調査をする我々は、医療通訳に従事する方々の活動がいかに多様で複雑なものであるか、知らなかったことを痛感しました。かなり断片的ではありますが、通訳者の方々が何を重視し、何を望んでおられるかについても、調査の柱として検討することとしました。

この報告書のほか、近日中に医師の回答に注目した論文も発表される予定です。またここで紹介させていただきます。

続きを読む

公衆衛生倫理に関する著作の無料公開について(井上)

2021/01/18

勁草書房より、公衆衛生の過去の制度の展開に関する拙著の一部が、無料で公開されることになりました。

現在、新型コロナウイルス感染症への対応をめぐって、国会で法改正に向けた議論が始まっています。歴史は、過去の反省をするうえでも、今後の中長期的な論点を考えるうえでも、多くの検討材料を示してくれます。この公開された部分は、「伝染病予防法」や「エイズ予防法」、「らい予防法」など、今日の感染症法の議論の前身や背景になった、法律やその経過を紹介した部分になります。なかなか類書がない中、執筆には苦労した記憶があり、無論、まだ未完の作業であるとも思っています。

過去の法律には強権的で今日では許容されない内容も多くあります。ただ、公衆衛生の倫理として考えると、どの価値に重きを置いていたか、どの価値を優先して考えていたか、という整理が重要になります。同様の視点は、今日の感染症法についてもいえます。また、過去の議論に学ぶならば、感染症対策における「予防」対応にどのような手順を設けるか、個人への差別的な対応について実際にどのように取り組むのか、感染症法の成立時に抜けていた論点もあるように感じています。今ちょうど感染症法や検疫法、新型インフルエンザ等特措法のあり方が議論されていますが、いま議論されている課題、あるいは議論されなかった課題が、この後の数十年にわたる社会を規定するかもしれない、そのような思いで日々の出来事に向き合うつもりです。

https://keisobiblio.com/2021/01/28/atogakitachiyomi_nyumoniryorinri3_2/

その他、この章では予防接種、「優生」、精神衛生をめぐる諸制度の展開が検討されています。

https://www.keisoshobo.co.jp/book/b210750.html

続きを読む

Journal of Human Genetics に論文が掲載されました(飯田、武藤)

2020/12/11

D2の飯田です。

このたび、Journal of Human Genetics に以下の論文が掲載されました。

Hiroshi Iida, Kaori Muto. Japanese insurers' attitudes toward adverse selection and genetic discrimination: a questionnaire survey and interviews with employees about using genetic test results. Journal of Human Genetics. 2020 Nov. DOI: 10.1038/s10038-020-00873-y.

https://www.nature.com/articles/s10038-020-00873-y

1990年代以降、海外では遺伝学的検査結果利用について生命保険は注目される分野でした。検査結果によって将来病気の発症が予想される人が保険の加入が出来ないという差別に陥るのではないか、一方で生命保険会社は人々が検査結果を隠して保険に加入するという「逆選択」によって収益が悪化するのではないかということが危惧されてきました。しかし、日本においては現在遺伝学的検査結果の利用に関する規制はなく、生命保険会社もここ20年ほどこの問題について沈黙を保っています。

そこで、日本の生命保険会社の態度を明らかにすべく、生命保険会社社員100名への無記名式アンケート調査とその中での協力者9名へのインタビュー調査を実施いたしました。その結果をもとに、本論文では、生命保険会社社員が遺伝学的検査利用の規制や逆選択についてどのように考えているのかについて考察しました。

日本での生命保険会社の遺伝学的検査利用に関する規制等の作成にあたって、有識者との議論の活性化し、世間の理解を得ることに繋がればと考えております。

続きを読む

「LAW&PRACTICE」に刑事医療過誤に関する論文が掲載されました(船橋)

2020/09/24

特任研究員の船橋です。

このたび、「LAW & PRACTICE」に刑事医療過誤に関する以下の論文が掲載されました。

船橋亜希子
「刑事医療過誤」をめぐる20年―医療者と法律家の相互理解に向けた議論の整理―
LAW & PRACTICE14号, 47 - 70 (2020)

本研究分野の学際的研究環境での研究生活も早3年が経過し、これまで自身が扱ってこなかった手法に挑戦しました。

公共政策研究分野に所属していなければ、このような研究には挑戦できなかったと思います。

不十分であったとしても、現段階での検討を形にすることにいたしました。

現在の私の研究人生にとって、大事な論文となりました。


こちらからダウンロードが可能です(直接ダウンロードされます)。
https://www.lawandpractice.net/app/download/9309137576/14-3.pdf?t=1655784417

続きを読む

「病院」に人工呼吸器トリアージに関する論文が掲載されました(船橋)

2020/08/01

特任研究員の船橋です。
このたび、「病院」にパンデミック下における人工呼吸器トリアージに関する以下の論文が掲載されました。

一家綱邦、船橋亜希子
COVID-19パンデミック下の人工呼吸器トリアージ問題にどう取り組むべきか
―学際的協働に向けた医事法学からのアプローチ
病院79巻8号, 610 - 616 (2020)

今年5月の緊急事態宣言下、COVID-19の感染拡大が懸念され、医療者が未曽有の事態への対応を迫られる中、法学者の取り組むべき課題、自分自身がアプローチできるテーマを考えて、重症患者が増大し、人工呼吸器等が不足した場合に迫られるトリアージ判断について考察しました。
一家(医事法学、生命倫理学、比較法研究対象国:アメリカ)、船橋(刑法学、医事法学、比較法研究対象国:ドイツ)という分担で執筆し、国内で問題が現実化する前に公表したいという強い思いから、限られた時間の中で、論旨や結論については、何度も何度も議論を重ねました。
多彩な先生方にもご意見・ご批判を賜りましたこと、ここで改めて御礼申し上げます。

このような判断が必要になる事態に至らないことを切に願います。

続きを読む

新型コロナウイルス感染症の行動変容に関する論文をPLOS ONEに公開しました(武藤)

2020/06/11

東京大学医科学研究所 武藤香織教授と慶應義塾大学商学部 山本勲教授は、慶應義塾大学経済学部 長須美和子特任講師、国際医療福祉大学 和田耕治教授、早稲田大学大学院政治学研究科 田中幹人准教授と共同で、日本の一般市民を対象に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐための行動変容に関する質問紙調査を実施しました。6月11日にPLOS ONE誌に公開されました。

日本では、新型コロナウイルス感染症は、感染症予防法で「指定感染症」と位置付けられており、新型インフルエンザ特別措置法ではまん延の恐れがある場合に、場所の使用制限や行動自粛を要請することが可能です。日本では、「市民の行動変容」を求める政策をとっていましたが、そこで、この調査の目的は、日本の人々がいかにして、またいつから行動を変えたのかを明らかにすることとしました。

調査方法は、日経マクロミル社のパネルを用いて、労働力調査と同じ分類の20歳から64歳までの11,342名から回答を得ることができました。調査期間は、2020年3月26日から28日まででした。その結果、85パーセントの回答者は、政府が要請している行動変容を実践していると回答しました。多変量解析の結果、男性よりは女性、若年層よりは高年齢層のほうが実践をしていると回答した割合が優位に高い傾向にありました。例えば、頻回な手洗いは、全体で86%の回答者が実践していると回答していましたが、女性の92%は、40歳以上の人々の87.9%が回答していました。こうした予防的な行動に最も大きな影響を与えた出来事は、2020年2月上旬のダイヤモンド・プリンセス号内の集団感染と答えた人が最も多く、23%にのぼりました。政府や都道府県からの情報は、全体の60%が摂取しており、信頼度も他の情報源に比べると高いものでした。

しかしながら、全体の20%の回答者は、3月下旬においても予防的な行動を行っていないと回答していました。男性、30歳以下、独身、低所得、飲酒習慣または喫煙習慣、外交的な性格といった属性が関与していることがわかりました。第1波において日本で感染拡大を防止するためには、まだ予防行動を始めていない人を啓発することが重要との示唆を得ました。

続きを読む

『社会志林』に「非発症保因者の経験」に関する論文が掲載されました(木矢)

2020/02/19

特任研究員の木矢です。

このたび、『社会志林』に非発症保因者に関する以下の論文が掲載されました。

木矢幸孝
非発症保因者の積み重ねてきた経験
――恋愛・結婚・出産の語りをめぐって
『社会志林』第66巻第3号, 195-217.(2019.12)

遺伝/ゲノム医療における技術の進展は、確定診断・出生前診断・非発症保因者診断等といった医療技術を可能にし、私たちに遺伝学的リスクを考慮する「生」を歩ませています。今後、人々は遺伝学的リスクとますます向き合うことになると考えられますが、実際に遺伝学的リスクによってどのような課題や問題が浮上するのでしょうか。

これまでの研究では、遺伝学的リスクを有する個人の葛藤や苦悩が主として検討されてきました。ただ、個人の生における一時点の諸問題を取り上げることが多く、遺伝学的リスクに対する問題意識の移り変わりとその帰結が明らかではありませんでした。

そこで本稿では、遺伝学的リスクを有する個人、「非発症保因者」(以下、保因者と略記)に焦点を当て、10代に告知を受けてから30代で結婚するまでの時期における「恋愛・結婚・出産」の観点から保因者一人の経験を詳細に検討しました。

結果、保因者は遺伝学的リスクに悩みながらも試行錯誤し、アイデンティティを再構築していることが分かりました。同時に、遺伝学的リスクに対して結婚や出産を諦める位置から結婚し出産を意識するところまで変化があることが明らかになりました。

本稿では、アイデンティティの再構築や遺伝学的リスクに対する捉え方の変化を詳しく把握することはできましたが、一人の事例の検討にとどまっています。今後はより普遍性のある議論に接続していければと考えています。

続きを読む