BMC Medical Ethics 誌に、過去の医療・福祉記録の保存・利活用に関する論文が掲載されました(渡部)

2026/08/21

特任助教の渡部です。

国際学術誌 BMC Medical Ethics に、渡部沙織(第一著者兼責任著者)、後藤基行さん(立命館大学)、赤司友徳さん(九州大学)、鈴木裕貴さん(立命館大学)、松原洋子さん(立命館大学)による共著論文が掲載されました。

英文タイトル:Governing healthcare records of past medical injustice beyond consent-based research ethics: a cross-sectional survey of public attitudes toward purpose, proximity, and stewardship in Japan

タイトル和訳:同意に基づく研究倫理を超えた、医療をめぐる過去の不正義に関わる記録のガバナンス:利用目的、本人・家族との近接性、スチュワードシップに関する日本の一般市民の横断調査

著者名:Saori Watanabe, Motoyuki Goto, Tomonori Akashi, Yuki Suzuki, Yoko Matsubara

掲載紙:BMC Medical Ethics

掲載日:2026年8月12日

DOI:10.1186/s12910-026-01571-8

URL:https://link.springer.com/article/10.1186/s12910-026-01571-8

*現在はオンライン先行公開のため、巻・記事番号等は未付与です。正式な書誌情報が付与され次第、追記します。

 

過去の医療・福祉の実践や政策を検証し、旧優生保護法のような重大な倫理的事象の実相を明らかにするためには、一次記録の保存と研究利用が欠かせません。こうした検証は、過ぎ去った出来事を確かめるだけのものではなく、現在の研究倫理や健康・医療データの扱い、疾病や障害をめぐる政策、被害救済や再発防止のあり方を考える基盤にもなりえます。しかし、過去の医療・福祉に関する記録には、疾患や障害、生殖、入院・入所歴、家族関係、社会経済的状況など、きわめてセンシティブな情報が含まれます。利用の仕方によっては、本人や家族、子孫にプライバシー侵害、差別、心理的苦痛などの新たな被害をもたらすおそれがあります。また、記録された本人がすでに亡くなっているなど、研究利用について改めて同意を得ることが難しい場合も少なくありません。こうした記録を誰が、どのような目的で保存・利用することが望ましいのかは、これまで十分に検討されてきませんでした。

本研究グループは、こうした過去の医療・福祉の資料の保存と研究利用について、一般市民が何を重視し、どのような条件で受け入れるのかを調べました。全国の20~69歳1,143名を対象にした調査で、86.8%が資料の保存を支持しました。一方、保存に反対した人が多く挙げたのは、将来の利用目的が分からないことと、プライバシーへの懸念でした。記録を研究などに利用する場合の受け入れやすさは目的によって異なり、医学研究は比較的広く受け入れられた一方、人文・社会科学研究、市民による調査、報道を目的とする利用は、受け入れられる割合が低くなりました。また、本人または存命の家族の情報を含む記録では、個人情報を含まない記録や祖先に関する記録よりも慎重な回答がみられました。

本研究が明らかにしたのは、保存と利用に単純に賛成・反対するのではない、市民の条件つきの判断です。多くの人が記録を残す意義を認めながらも、利用目的、記録が本人や家族にどう関わるか、保管を担う機関に応じて、受け入れ方を変えていました。

これらの結果を踏まえ、研究グループは、医療・福祉の歴史的資料を管理するうえで、少なくとも次の点が重要だと考えています。記録を保存するかどうかと、誰にどの範囲まで利用を認めるかを分けて考えること。医学研究、人文・社会科学研究、教育、ジャーナリズムなど、利用目的ごとに必要性と公益を明確にし、審査する体制を整えること。本人だけでなく、家族、子孫、関係するコミュニティへの影響や関係的プライバシーに配慮すること。独立性と説明責任を備え、継続的に利用を審査できる管理体制を設けること。そして、当事者や家族、障害当事者団体など、記録の利用によって直接影響を受ける人々が、運営や審査の意思決定に参画できるようにすることです。

また、一般市民の意識調査だけでこうした記録の保存・利用の是非を決めることはできません。当事者の方々やその家族、障害のある人々など、記録と深く関わる当事者・コミュニティの意見を尊重し、継続的に対話しながら保存・利用のあり方を検討していくことが重要だと考えています。(渡部)

 

*本研究は、JST-RISTEX 科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題への包括的実践研究開発プログラム (RInCA)「医療・ヘルスケア領域におけるELSIの歴史的分析とアーカイブズ構築」(研究代表者・後藤基行)、日本学術振興会科学研究費助成事業「デジタル・アーカイブを活用した総合的な優生政策史研究研究代表者・松原洋子)・「精神衛生法下の措置入院・同意入院の歴史的研究――革新的資料分類の探索と当事者参画」研究代表者・後藤基行)および「「ヘルスケア政策史研究」領域創成の基盤構築とアーカイブズ整備――PPIの実践と共に」研究代表者・後藤基行)の成果です。