書籍『遺伝について家族と話す―遺伝性乳がん卵巣がん症候群のリスク告知』を刊行しました(李)
2024/07/24
李です。博士学位論文をもとにした書籍を刊行いたしました。
李怡然. 2024. 遺伝について家族と話す―遺伝性乳がん卵巣がん症候群のリスク告知. ナカニシヤ出版.
本書は、遺伝性のがんのリスクについて家族内でどのようなコミュニケーションが行われているか、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の患者・家族へのインタビュー調査をもとに、その多様なあり方に迫ろうとしたものです。
がんは環境要因と遺伝要因が複雑に組み合わさることで生じる病気ですが、その一部は、生まれつきの遺伝子の変化が大きく関与するとわかっています。予防や治療など何らかの行動(action)につながる疾患の情報は、医学的に「対処可能」(actionable)とみなされ、当事者が遺伝学的検査を受けてリスクを知り、さらには血縁者にも情報共有することが期待されるようになりました。HBOCはその代表例として知られています。
そこで、HBOCの診断を受けた、あるいはその可能性がある患者さんとご家族が、遺伝に関するリスクをどう受け止め、いつ、誰に、どのように伝えようとするのかを明らかにしました。
親から子へ、子以外の家族・親族へ伝える上で、生じる葛藤や困難さは異なっていました。医学的な「対処可能性」は、確かに判断する際の重要な要素にはなっていたものの、実際には各々が遺伝学的検査や診療を受けた過程の経験、重視する価値観、相手との関係性によって、コミュニケーションはずっと複雑となりえます。
この先は、病気になる前から将来の発症リスクを予測することが、もっと当たり前の時代になっていくと予想されます。「知る」こと、対処できることが増えることが、私たちの生き方に何をもたらすのか、という問いかけも込めたつもりです。
貴重な経験を語って下さった調査協力者の皆様、多くの関係者のご尽力あって成果としてまとめられたことに、心より感謝申し上げます。
【追記】本学教員による著作の紹介サイトUtokyo BiblioPlazaでも、学術成果刊行助成による支援を受けた著作としてご紹介をしています。
◆本の目次:
まえがき
用語集
<第Ⅰ部 遺伝性疾患について知る/知らないでいること、伝えること>
第1章 家族内での遺伝をめぐるコミュニケーション
1 遺伝性のがんについて家族と情報共有することはなぜ重要視されているのか
2 本書のテーマと問い
第2章 遺伝/ゲノム医療の専門職の規範はどう変わってきたか
1 「知らないでいる権利」を尊重する規範の成立
2 対処可能性に基づく「知る」ことの推奨と規範のゆらぎ
3 日本におけるがんゲノム医療の課題:二次的所見をどう取り扱うか
4 血縁者との情報共有のガイドライン
5 小 括
Column1 遺伝/ゲノム医療に関わる専門職
第3章 患者・家族の「告知」をめぐる先行研究
1 遺伝性疾患の家族内のコミュニケーションに関する研究
2 「告知」という研究枠組み
3 本書における調査課題と対象の設定
Column2 医療者は患者の同意なく血縁者に告知してよいのか
<第Ⅱ部 HBOC患者と家族へのインタビュー調査>
第4章 調査の対象と概要
1 遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とは何か
2 調査の目的
3 調査方法
4 調査結果の章構成
第5章 遺伝学的検査とリスク低減手術にまつわる意思決定
1 調査協力者の属性
2 遺伝学的検査の受検に至るまで
3 検査結果を「知る」ことのインパクト
4 遺伝学的検査を受検しない理由
5 リスク低減手術の意思決定
6 小 括
第6章 親から子へのリスク告知
1 調査協力者の属性
2 遺伝について伝えるステップと役割の認識
3 遺伝について伝える:子の発症前検査への態度に着目して
4 遺伝について伝えない
5 遺伝について伝えられた子の受け止め
6 小 括
第7章 血縁者・親族へのリスク告知
1 調査協力者の属性
2 伝えることへの責任感
3 伝えることに伴うジレンマ
4 小 括
第8章 リスク告知のパターンと多様な価値観
1 遺伝性疾患のリスク告知のモデル
2 告知の意思決定に関わる要素
3 告知の困難さと乗り越える戦略
4 親としての子の結婚・出産への気がかり
5 家族内のピアとして子を支える
6 医療者の告知における関わりの限定と可能性
第9章 ゲノム医療の時代を生きる当事者=私たち
1 臨床の実践や支援への示唆
2 予測・予防が求められる社会の「リスク告知」
あとがき
Abstract