人体の研究利用・流通と「対価」設定をめぐる論文が発表されました(井上、原田)

2023/03/10

国を跨いだ政策調整がすすむ「個人情報」保護とは対照的に、人の細胞・試料の流通については、各国間で多様なルールが存在しています。多くの先進国では90年代前後に、人の細胞・試料をめぐる立法の再編が進みましたが、日本では議論自体が中断して今日に至っています。

我々の検討によれば、日本では、人の細胞・組織の「提供」に関する国の政策文書が約30に分かれて存在してきました。現行のものでも、古い規定は実に1940年代に遡るなど、研究の展開に対応する形で更新されていない面があります。

とりわけ注目されるのは、細胞・組織の「無償原則」をめぐる混乱です。研究活動への提供やその後の流通における対価の設定のあり方をめぐって、分野ごとに「無償」の採否やその内容が検討された結果、言葉の定義が異なっていたり、根拠が明確でない形で制約が設けられてきたりしました。国内では人サンプルをめぐる規範が定まらない中、海外からは胎児試料を含む多種多様な人体由来試料を安価に購入できる状況があるなど、いわゆる二重基準が生じています。

再生医療の展開やバイオバンク、ヒト全ゲノム解析の進行など、人試料の領域を超えた活用はますます重要なものとなっていますが、その一方、提供や流通をめぐる決定や手続の多くが不透明であったり、場当たり的に展開したりしている現状の不安定さが示唆されます。研究開発と市民・社会とが目標を共有し、一方で、情報不足や思い込みで保たれている短期的な「平穏」に安住しないよう、そして倫理指針が真に「倫理」をめぐる指針となるよう、議論を再開するべきではないでしょうか。

Inoue Y., Masui T., Harada K., Hong H., Kokado M. Restrictions on monetary payments for human biological substances in Japan: The mu-shou principle and its ethical implications for stem cell research. Regen. Ther. 2023. In press.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320423000147
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写真1は研究用試料のイメージ(フリー素材)。写真2は関連する日本国内のルール(一部)。詳細は論文を参照ください。