信濃毎日新聞コラム(10)放射線の影響 科学者の責務(武藤)

2011/06/06

◎サイエンスの小径(6月6日掲載)
▽放射線の影響 科学者の責務▽武藤香織


福島県飯舘村は、「日本で最も美しい村」連合に加盟する、景観の美しい内陸の村だ。内陸ゆえに、今回の震災で津波の影響は全く受けていない。だが、福島第1原発の事故で飛散した放射性物質による線量が高いとして、計画的避難地域に指定された。村では、6月上旬までに全村民の避難を完了させるという。

飯舘村の汚染を裏付けるのは、5月6日に発表された、福島第1原発から80キロ圏内の地表の汚染地図だ。このデータは、4月に文部科学省が米国エネルギー省と協力して航空機で観測したもので、地表1~2キロ四方ごとに放射性物質の蓄積量を測定している。この地図からは、風向きや地形によって、同じ市町村のなかでも、集落や地区によって、放射性物質の飛散状況が全く異なる結果になったことがうかがえる。

多くの住民が引っ越しを始める間際の週末、飯舘村での住民健診に参加した。住民からは、「屋内でゲームばかりさせていて、子どもが10キロ以上太った」「子どもを屋外で遊ばせずに過ごしていたら、口の周りに湿疹ができている」「農作業ができないストレスで酒量が増えた」などの声があがっていた。心身への影響が心配されるなか、引っ越し作業が進んでいる。

また、飯舘村周辺で開かれた放射線の影響に関する住民説明会では、「4月に生まれた子どもを母乳で育てていいのか」「ここより放射線量の高い地域の露地野菜はなぜ出荷停止になっていないのか」など、たくさんの質問が出た。ここで暮らしていく人は、子どもの外遊び、地元でとれた野菜や井戸水の摂取など、暮らしに密着した対応について知識を得たいという強い意欲がある。

きめ細やかな対応が求められるなか、自治体も疲弊している。原発事故当初は、自治体も混乱し、放射線量を測定すると言って入村した研究者を信頼して受け入れた。しかし、得られたデータを村には還元せず、先にマスメディアに流して風評被害の契機をつくった研究者もいたという。

シーベルトとベクレルの換算式を教えるよりも、それぞれの暮らしにあわせた被ばく線量の理解を促進することのほうが大切だ。同じ屋内でも、コンクリートで遮蔽された建物のなかで過ごす人と、木造家屋のなかで過ごす人では、気をつけることも異なる。科学者は、放射線の影響を、人々の暮らしに密着した知識として伝える責務がある。

(東大医科学研究所准教授)(了)