『医療現場における調査研究倫理ハンドブック』に寄せて(武藤)

2011/02/26

1997年、まだ学生だった私は、日本疫学会総会のときに開催された「疫学の未来を語る若手の集い」に参加し、疫学研究のインフォームド・コンセントに関する議論を客席から聞いていました。若手研究者自身が倫理のあり方を議論する現場は素晴らしいなあと感銘を受け、壇上にいた中山健夫さん(現在は京都大学大学院教授)に熱いお手紙を送ったことがご縁で、疫学者のコミュニティに関わらせていただくようになりました。

そして、この本の共著者の玉腰暁子さんが旧厚生省研究班長を買って出てくださり、疫学研究のインフォームド・コンセントを考える研究班が発足しました。

全く門外漢だった私ですが、この研究班の兄さん・姉さんたちに温かく受け入れて頂きました。そして、疫学の「いろは」から教えて頂きました。カルチャーショックを受けたり(たぶん与えてしまったりも)しながら議論を続け、その研究班の取り組みから生まれた「疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン」は、やがて2002年、文部科学省・厚生労働省の「疫学研究に関する倫理指針」につながっていきました。

あれから、「一昔」相当の時間が経ちました。当時、自称「若手」だった方々は、いまや日本の疫学を背負う重鎮になられました。私も、医学・生物学系の大学院生に研究倫理を講じたり、社会科学系の大学院生と調査研究倫理のゼミをするような責務を担う立場になりました。

この10年間の最大の変化は、国が次々と研究倫理指針づくりに乗り出し、数々の研究倫理指針が生まれたことだと思います。つまり、研究の現場ではなく、審議会で指針をつくるプロセスが当たり前のものになったわけです。自分たちから遠いところでつくられた指針は、研究者にとって愛着がわかない存在かもしれません。

でも、疫学分野の研究者は、行政が動きだす前に、外部の人たちも交えて議論を闘わせることを思いつき、自主的なガイドラインを絞り出しました。専門家集団として素晴らしい取り組みをしたと思いますし、きっと後世でも評価される、はず…。

ぜひ多くの研究者に、国の指針策定や改正を待つだけでなく、自分たちで動いてルールをつくる醍醐味を、味わってほしいと願っています。