信濃毎日新聞コラム(3)医薬品開発 日本の役割は(武藤)

2010/08/02

「サイエンスの小径」(2010年8月2日信濃毎日新聞掲載)
▽医薬品開発 日本の役割は▽武藤香織


近年、新薬や新しい治療法を開発するための臨床試験を国際的に共同で実施する傾向が強まっている。その理由は、共同で臨床試験をすれば、各国での新薬の販売開始時期がそろうことになり、同じ病気の患者なのに国によって薬が入手できないという問題の解消につながるからだ。また、ある国が単独で臨床試験をするよりも、遺伝的な背景が似た人々が住む周辺国の間で協力し合えば、各国で必要な被験者数を少なくすることができるので、臨床試験にかかる時間の短縮も期待される。実際に国際共同臨床試験の数は、韓国が871件、台湾が772件、日本が708件で、東アジアでは韓国と台湾が熱心なこともわかる。

だが、臨床試験で最も大切なのは、被験者に負担が少ない形で科学的に有益なデータを得ることである。そのためには、研究計画が科学的にしっかりしているかどうか、倫理的に問題がないかどうかを審査する態勢が重要になってくる。臨床試験の計画を審査する制度は、これまで先進国を中心に整備され、日本でも1990年代から整えられてきた。はたして東アジアではどうなのか。それを調べるために、韓国と台湾へ出張してきた。

結論からいえば、韓国も台湾もこの数年間で急速に制度を整えたことがわかった。そして、どちらも世界の医薬品開発の中心であるアメリカの制度をそっくり輸入したと言ってもいい。組織の呼び方、会議の運営の仕方まで、アメリカ式だった。韓国も台湾も、明確な戦略として、国際共同臨床試験へ積極的に被験者を出して貢献し、少しでも安く医薬品を供給する道筋をつくろうと考えている。

私の中でどこかうっすらと期待していた、日本の存在感は全然なかった。だが、韓国でも台湾でも、「何をするにせよ、日本はアジアの中でお手本です。我々は、まずアメリカと日本がどうなっているかを調べて、いいところだけを取っているんです」と声をかけられた。唖然とする私に気を使ってくれたのだろう。

夏、日本の多くの人たちが第二次世界大戦の傷跡と向き合って過ごすことだろう。私もその一人であり、日本がかつて植民地支配していた韓国と台湾のさらなる発展と平和をあらためて願っている。それと同時にこの夏は、グローバルな医薬品開発における日本の果たすべき役割を見つめなおしているところだ。

(東大医学研究所准教授)