企画展『boundary face⇔界面空間』イベント報告(渡部)

2010/03/08

3月6日(土)、企画展『boundary face ⇔ 界面空間』の関連トークイベントが開催されました。雨の中、午前午後共に定員以上のお客様に足をお運び頂きました。

午前中(11時~12時)のアーティストトークでは、アーティストの岩崎秀雄さんと井上恵美子さんが、それぞれの作品について解説して下さいました。
岩崎秀雄さんの作品Metamorphorest Vは、様々な界面がせめぎ合う、私たちの生きる世界を表現しています。シアノバクテリアを使ったgreen human、切り絵、映像、フラスコには、どれも、岩崎さん独自の技術と視点が生かされていることを教えて頂きました。特に岩崎さんの真骨頂である切り絵は、一枚一ヶ月が費やされる、緻密な即興作品です。「好きなものを集めた」とのことですが、自分自身の内面を追求し表現されるものが、結果的に世界を表現する点にアートの面白さがあるように思います。
雨で室内が薄暗かったので、天井にゆらめく影を鑑賞することができたのも幸運でした。岩崎さんの作品は、日が陰るにつれ、美しくなっていきます。

一方、井上恵美子さんの作品painting with…は、人の皮膚上にある常在菌を集め、言わば絵の具として用いた作品です。結果的には世界地図が描かれますが、作品は、友人知人にほっぺたから常在菌をもらえないか聞いて、拒否されたり、許可されたりするところから既にはじまっています。実は、この点は展示後に井上さんから教えて頂いたのですが、偶然にも公共政策研究分野で日頃考えている、「ヒト試料の利用における倫理的課題」というような問題ともつながる作品を展示していただけたのだと知り、とても嬉しかったです。

お二人の作品、特に井上さんの作品は、普段実験室でも用いる材料や手法を使って制作されるバイオメディアアートと呼ばれる分野に含まれます。岩崎さんは、自身の研究室にアーティストを招き、この分野の発展に尽力されています。
研究室におけるアーティストは、サイエンスが取りこぼしたり、避けたりする事柄を拾い上げ、意味を見出す存在として意義があると岩崎さんは言います。井上さんが材料とした「常在菌」も、それを専門にする研究室でなければ(岩崎さんの研究室でも!)研究者からは忌み嫌われる存在です。また、たとえば「死」は人間にとって重要な問題ですが、サイエンスが苦手とする分野の1つです。
同時に、アーティストは昔から生物を利用することに関心を持ってきましたが、そうしたアーティストがサイエンティストと共に活動をすることで、たとえば生物試料の取扱いなどについて、サイエンティストが構築し守ってきた倫理観を共有することができると言います。

バイオメディアアートはまた、未来の社会のあり方を描き人々に提示するという社会的な機能を果たし得ます。アートを通して、サイエンスの倫理を考える。そんな会が今後あちこちで開かれるかもしれません。

午後(14時から16時)のサイ・アート・カフェでは、岩崎秀雄さんに、生物時計の科学的研究、文化誌的研究、そしてアート活動という幅広い領域に渡るご自身の活動についてお話頂きました。岩崎さんは、名古屋大学在籍中に、生物時計を試験管内で再現することに世界ではじめて成功し、生物時計の科学的研究に重要な貢献を果たしました。しかし、かつては科学者になるか科学史家になるか悩んだこともあったとのこと。その中で、12世紀ヨーロッパで誕生した「時計」という概念なしには成立しなかった「生物時計」という分野に関心を持って研究者になるに至ったのだそうです。人の創るものをアートと呼ぶならば、岩崎さんは、アートとサイエンスの間、関係性に興味の原点を持ったサイエンティストと言えそうです。

研究者の卵からは、「自分は実験だけで手一杯なのですが、岩崎さんのように幅広い活動をするにはどうすればよいですか?」という、きっと多くの人が思う質問がありました。岩崎さん曰く、「子どもの頃から切り絵を続けてきたけれど、学生の頃は、どんなに実験で疲れていてもたとえば2時間は切り絵の時間にしようとしていました。それなりに努力も必要です。後は、バランスですね。」
疲れていると睡眠を最優先してしまう私には胸に刺さる一言でした。けれどやはり何事も最後は努力なのですね。

午前午後共に、面白いお話の中身は、またの機会にきちんとご報告できればと思います。

岩崎さん井上さん、そしてお越し頂いた皆様、本当にありがとうございました。
そして、近代医科学記念館の木下さん鈴木さんにもこの場を借りてお礼申し上げます。

企画展『boundary face ⇔ 界面空間』は、今月18日まで開催中です。
皆様ぜひ何度でも足をお運び下さいませ。

(文責:渡部、写真:五嶋)